ヒットメーカーの舞台裏

2009年8月26日

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池原照雄 (いけはら・てるお)

ジャーナリスト

1950年生まれ。専門紙や全国紙の経済記者として自動車、エネルギー、金融、官庁などを担当。00年からフリーになり幅広い執筆、講演活動を展開。著書に「トヨタVSホンダ」(日刊工業新聞社)、「図解雑学 自動車業界のしくみ」(ナツメ社)など。

 着想のひとつは08年の正月に船越が見た大リーガー、イチロー選手のテレビ特番だった。イチロー選手のカレー好きは有名だが、朝食にも夫人手製のカレーをよく摂るという食生活が紹介されたのだ。含まれる香辛料などにより脳の血流が活発化するというカレーの効用は学術的にも認められており、朝に食すれば脳の「起動」もスムーズになるそうだ。こうして08年4月には正式に開発がスタートした。

 まず始めたのが、船越ら企画チームと研究部門のメンバーが朝にさまざまなカレーをひたすら試食することだった。分かったのは子ども向けの柔らかい味がしっくりくること。「朝は嗅覚、味覚とも敏感なので昼や夜に食べるカレーだと刺激が強すぎる」というのが船越の分析だった。

 開発では「10分」にも留意した。家庭で朝食に要す平均的な時間だ。通常のレトルトカレーのように温めるものだと敬遠されるのが明白になった。そこで「常温」のまま、ご飯にかけるというレトルト分野では異例のスタイルを採用した。問題は、従来のカレーだと常温のままでは、ご飯となかなかなじんでくれないことだった。

 そこで、まず油脂分を見直した。バターなど通常使われる動物性のものから、常温では液体を保つ植物性のパーム油を採用した。カレーのとろみ付けに必要な小麦粉も腹には重いので減量し、代わりにトマトペーストなど野菜や果物の繊維質で、カレーらしいとろみを引き出した。このことは朝食として「野菜などをバランスよく配合させたい」という船越の狙いも解決することになった。

感覚的な問題で合意点を見出す方法

 最大のテーマはカレーの味を決めるスパイスの調合だった。「刺激を抑えながらカレーらしさを失わない」(船越)という二律背反に挑んだ。古巣の研究部門とやり取りしながら、数十種類の試作品からメンバーで合意点を見出した。味は感性領域だが、各メンバーは「○○が突出している」などと言葉で表現しながら微妙な調合を進める。船越も研究部門では最初に言葉での表現トレーニングを受けたという。

 しかし、商品化への最終関門となる経営陣の試食会では注文が出てきた。もう少し「カレー感」が必要なのではというものだった。開発チームの最終バージョンは「ややマイルドだった」と船越。経営陣のキャリアはさすがで、ズバリそこを指摘された。手直しを終え、「らしさ」も引き立つ最終調合が決まった。

 船越は「食いだおれ」の街、大阪市出身。幼少時から家族ぐるみで食べ歩きを楽しむという環境で育ち、食への関心を強めていった。大学進学時には「将来の仕事は食品メーカーだろうな」と考えながら、専攻を決めたという。

 プライベートでの外食でも「あのスパイスがちょっと足りない」などと、ついブツブツ言ってしまう。最近、腹周りが気になりはじめた“食いだおれ社員”は、「お客さまにリピート購入していただけるような製品開発を続けたい」と、公私問わず食べ歩きを続ける。(敬称略)

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