この熱き人々

2015年7月23日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 そんな日本で、岩井はいまから40年も前に修復家という道に進んでいる。当時、熊本県立美術館の開設準備に携わってヨーロッパの美術館を視察し修復の重要性を感じた岩井の父は、画家を夢見て上京し難関の東京藝術大学の受験に挑んでいる19歳の娘にこう言ったのだそうだ。

 「絵描きは夥しい数がいるけれど、修復家はほとんどいないよ」

 もちろん岩井には初めて聞く仕事だったが、父の紹介で浪人中の夏休みに絵画保存研究所でアルバイトを始めてみた。

 「熊本では画集でしか絵を見ていなくて、上京して美術館で本物の絵を見て鳥肌が立ちました。その本物の絵が研究所では額から外された裸の状態でもっと間近に見られた。贅沢で感動的な時間でしたね。バイトの仕事は、画面上の汚れを丁寧に落としたり、付着したハエなどの糞を取り除くことだったのですが、なんて楽しくて面白い仕事なのだろうと思いました」

 東京藝大への入学は叶わず、短大に進んだ岩井が修復家として本格的に歩み出したのは、画家である夫と結婚した22歳の時。

 「ふたりとも画家では暮らしていけない。自分で創造する力はないなあと感じていたこともあって、筆を折って修復の道へ進もうと決めました。未練はなかったですねえ」

 三年ほど絵画保存研究所で修復の基本を学んだころ、夫がイギリスに留学することになり、岩井も一緒に渡英。

 「やった!という感じでした。修復を学問として最初に体系化した国ですから。ロンドンのナショナル・マリタイム・ミュージアム(国立海事博物館)の修復部門で雇ってもらいました。ここでの四年間は本当に幸せでした。教育熱心で、だれもが何でも惜しみなく教えてくれた。ほかの美術館との交流もできて、抜群の環境でした」

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