この熱き人々

2015年7月23日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

修復と破壊は紙一重

 帰国は四年後の1984年。折しも日本はバブル真っ只中。海外から美術品をどんどん買ってきて文化的な財産をせっせと溜め込んでいる時期で、フリーの修復家としてスタートした岩井のもとには仕事が殺到。そこに出産と育児も加わって、まさに気力を振り絞って体力の限界に挑むような超多忙の日々が一気に回りだした。

 「電話恐怖症になったり、歯がボロボロ抜け落ちて口中にあふれていく夢を見ました」

 出産の二週間前まで仕事をし、出産後は1カ月で仕事に復帰。長女を郷里の母に預け、近所の人の助けを借り、過労で双子のひとりを流産してしまうという悲しみを乗り越えて仕事に全力で向かってきた。なぜそこまで頑張れたのか、頑張らなければならなかったのかは、同時代を生きた者としてよくわかる。

 「女の意地ってところありますよね。休めば女は使えないと言われるし。修復の理念が根付いていない日本では、この先どうなるのか怖かったのかもしれませんね。自分から仕事を断るなんてもってのほか。プロとしての責任もあるし、決していい加減には向き合わない。どんな時でも最高の技術と理念と責任と愛情をもって仕事を全うしたかったのです」

 そのために命をひとつ失ってしまったと、岩井は小さな声で付け加えた。ここまでの道のりの厳しさと修復にかける執念にも似た岩井の強い思いが、そのひと言に凝縮されて痛いほど伝わってきた。

 岩井が命を蘇らせた美術作品は、モネの「睡蓮」、ピカソの「ギターのある静物」、ゴッホの「ひまわり」、マティスの「ジャズ」「琥珀の首飾りの女」、ドガの「浴槽の女」、山下清の「長岡の花火」、ほかにもディズニーの原画などなど、枚挙にいとまがない。

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