この熱き人々

2015年7月23日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 ゴッホの「ひまわり」の修復にあたったのは2005年。87年に58億円で日本にやってきてから18年がたっていた絵は、表面に汚れが蓄積していた。多くの場合、クリーニングは楊枝や竹串に綿を巻き、唾液で湿らせて汚れを取っていく。綿を巻き、舐めて絵の表面をそっとなでると綿棒に灰色の汚れが移ってくる。すると、その部分の色が変わる。汚れで全体的に色が変わっていたのがわかる。

 「『ひまわり』は筆致が強く絵具のエッジが無数の突起になっているので、綿棒は危なくて使えませんでした。筆に唾液を付けてそっとなでるように落としていきました」

 美術館の一室にこもり、一日中この作業を続けて約3週間かかったという。ゴッホが自らの耳を切り落とす直前の作品からは、画家の強いオーラが放たれ、それを全身で受け止めながらの厳しい作業だったという。さらに補彩されていた部分を除去、キャンバスが張ってあったベニヤ板を中性パネルに張り替えるなどして修復は無事完了した。

 「ベニヤは酸性の接着剤を使っているため、絵の劣化を早めてしまうのです」

 そのベニヤ板に直接張られていた山下清の作品は、紙が酸化してボロボロの状態。そのままではさらに劣化して崩落してしまうのは目に見えているが、すでに弱っている紙からベニヤ板を剥がすのは大変危険でもある。いつだれが挑むのか。

 「リスクを負ってもいま自分がやったほうがいいと判断して、取りかかりました」

 ベニヤ板の裏面は彫刻刀で少しずつ削り、紙と接する部分は医療用のメスで拡大鏡を使いながら、マイクロサージャリーのように細心の注意を払って剥がしていく。その姿を想像すると、修復と破壊は紙一重だという岩井の言葉が実感できる。

 岩井は、修復の道具類も、おろし金や無脂無塩のパンなど日常の中から探し出したり、独自の道具や方法を生み出しているが、画期的な脱酸素密閉という方法もそのひとつ。

 「お菓子の袋の中に入っていたエージレスという脱酸素剤がヒントになりました。絵画の病気のもとが酸化なら、脱酸素剤が保存に使えないかと思ったのです」

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