この熱き人々

2015年7月23日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 しかし、日本でひとりで奮闘してもなかなか実現できない。再度渡英して、テート・ギャラリー(当時)で脱酸素密閉プロジェクトがスタート。その成果を生かした方法で展示されているのが、瀬戸内海の直島にある地中美術館の「睡蓮」である。

モネの「睡蓮」(地中美術館蔵)の修復

 「リスクを負って勇気をもって挑戦しなければならない修復もあるかもしれないけれど、いま挑戦してはいけない修復もあると思うのです。修復の技術はどんどん進歩していますから、脱酸素密閉でいまの状態のまま劣化を止めて保存して、将来の技術の発展に託すという道もあっていいのではないでしょうか」

 いま、岩井の最大の関心は、後世に託した作品を修復してくれる後進をどう育てるか、そして日本独自の文化に対する意識を少しでも高めること。世界の修復家に高く評価されている日本の技術や道具、材料などを生み出してきた職人たちが、日本国内の需要が減り後継者が消えていくことに、身悶えするような危機感をもっている。

 「夢は、修復の仕事を多くの人に見てもらえる『修復センター』を作ることです。すばらしい刷毛や和紙などで修復を支えてくれている職人さんの技術も伝えたいのです」

 本来なら国が率先して乗り出してもいい重要なことなのに、個人の熱意で動かすしかない。情けないけれどこれが日本の現状なのだ。

 アトリエで仕事をする傍らに、幼いころから岩井の後ろ姿を見てきた長女・貴愛さんの姿がある。仕事で飛び回る母を恨み、普通の家庭がうらやましかった時期もあったという娘は、母の仕事の重要さに気づいた時に後を継ぐ決意をしたという。

 イギリスでの修業時代からずっと着ているという黒いスモックの母と娘が、いま、並んで仕事をしている。それぞれの修羅の道を生きてきたふたりの周囲を、命をはぐくむやさしい空気が包んでいた。

(写真:佐藤拓央)

岩井希久子 (いわい・きくこ)
1955年、熊本県生まれ。イギリスで修復技術を学び、帰国後の84年からフリーランスの修復家として活動。名画から現代アートまで幅広い作品の修復を手掛け、その技術は高い評価と信頼を得ている。絵画を劣化させず保存する独自の手法も開発した。

 

  
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◆「ひととき」2015年6月号より

 

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