コラムの時代の愛−辺境の声−

2015年7月10日

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藤原章生 (ふじわら・あきお)

毎日新聞記者

1961年、福島県生まれ。北海道大学工学部卒業後、住友金属鉱山に入社。89年に毎日新聞社に入り、ジャーナリズムの道へ。92年に外信部に所属し、 93年にメキシコ留学。帰国後の95年から南アフリカ・ヨハネスブルグでアフリカ特派員、2002年からは、メキシコ市支局長、ラテンアメリカ特派員。08年〜12年までローマ支局長。5 年半に渡るアフリカ特派員時代の取材を元にした著書『絵はがきにされた少年』(集英社文庫)で05年の開高健ノンフィクション賞受賞。著書に、『世界はフラットにもの悲しくて』(テン・ブックス)、『資本主義の「終わりの始まり」―ギリシャ、イタリアで起きていること』 (新潮選書)、『ギリシャ危機の真実 ルポ「破綻」国家を行く』(毎日新聞社)『翻弄者』(集英社)、『ガルシア=マルケスに葬られた女』(集英社)。

 コラムの時代の愛?。変なタイトル、と思われる方も少なくないはずだ。いや、何も「今こそコラムが物を言う時代だ」と主張したいのではないし、愛を唱えたいのでもない。西武新宿線の通勤電車で思いつき、「おっ」としっくりする感じがあったのだ。

ガルシア=マルケス(Getty Images)

 なんで「コラムの時代の愛」なんだ、と言われれば、あれです、あれ、ガルシア=マルケスです。南米コロンビアのノーベル賞作家に「コレラの時代の愛」という映画化もされた長編小説があり、その語呂合わせです。

 というのも、20代のころ読んだ作家、橋本治氏のコラム集のタイトルに感心したことがあったからだ。一冊は「ロバート本」で、もう一冊は「デビッド100(ヒャッ)コラム」という題。

 1960年代の米国のスパイドラマで、日本でも人気を博した「0011ナポレオン・ソロ」の主演俳優、ロバート・ボーンと、デビッド・マッカラムを文字った題で、深い意味はない。本コラムもそれに習い、語呂になじんでもらえればという願いを込め、始めたいと思います。
 

いい加減な統計や無謀な借金は、ギリシアの近代文化

 ギリシャ危機が始まって、かれこれ5年半になる。危機というのは「機」と書くくらいだから、本来、瞬間かせいぜい短期間、一過性のものだが、これだけ長く続くと、もはや日常で、「危機慣れ」とでも言うのか、ギリシャでは「ずっと危機なんだから、危機も何もないじゃないか」という声も聞かれる。

 危機の始まりは2009年10月。就任したばかりのパパンドレウ首相が、前の政権の赤字隠しをばらし、「大丈夫か、ギリシャ」「デタラメじゃないか」と一気に信用を落とし、ギリシャ国債が暴落した。

 このパパンドレウ氏、日本で言えば安倍首相か鳩山元首相のような政界のボンボン、サラブレッドだ。祖父も父も首相を経験した3代目で、特に父親は左派の貧困層へのばらまきで人気を博し、右派中心だったギリシャ政界に初めて「左派の中間層」を生み出した人物である。

 その息子、アメリカで高等教育を受けたパパンドレウ氏が何を思ったのか、「前の右派政権が借金を重ね、粉飾決算をしていた」と世界に公表してしまった。

 正直なことだが、もともといい加減な統計や無謀な借金は、自分の父親が広めた体質、ギリシャの近代文化であり、「何を今更」「わざわざばらしちゃって」というのが政界のみならず、大方のギリシャ人の見方だった。欧州連合(EU)には「3%ルール」がある。国の借金、財政赤字は国内総生産の3%以内に収めよという、いわば会則だ。

 ギリシャは01年にEU入りする前はもちろん、会員になってもなし崩し的に3%を超える借金を続けてきたがなんとなく許されてきた。「あの国の統計は当てにならないと最初からわかっていた」(ルクセンブルクの元中央銀行総裁)が、ユーロが上り調子のころはさほど問題にはならなかった。

 たとえば、01年は4・5%、02年は4・8%と控えめだが、無理してアテネ五輪を開いた04年にギリシャの財政赤字は7・5%に膨らみ、危機を招いた09年の決算ではあれこれ帳簿を誤魔化し「せいぜい6%程度」と発表しながら、調べてみたら13・6%に上っていた。やることが大胆なのだ。

 通常、政権交代後、国庫からお金が持ち逃げされても、「まあ、そこは」となあなあで済ましてきたのに、パパンドレウ氏は「前の政権が悪い!」と勇ましく発表してしまったわけだ。

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