ブルキナファソ見聞録

2015年7月17日

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岡田綾 (おかだ・あや)

JICA職員

1982年兵庫県西宮市生まれ。小学校6年生のときに阪神・淡路大震災を経験。2005年京都大学文学部社会学科、2007年同大学大学院地球環境学舎環境マネジメント専攻修士課程修了。環境やコミュニティ防災について学ぶ。就職活動では、「その人自身のせいではないが、理不尽な境遇におかれてしまった人のために仕事をしたい」と考え、他の関心事項であった「途上国・国際協力」も満たす組織として、独立行政法人国際協力機構(JICA)を志望し、2007年入構。地球環境部、広報室などを経て、アフリカ勤務を希望し、2012年12月よりブルキナファソ事務所に赴任。

 彼女の語り口は、決して何かを強調したり訴えたりするものではないのだけれど、これまでの実績を語る時には淡々と、今直面している課題やこれからのことを語る時にも淡々として、地に足の着いた意志の強さを感じさせる。ここまで会社を成長させるのに、色んな苦労があっただろうことは想像に難くないのだが、困難なことは冷静に捉えて大変そうには語らず、可能性のあることには積極的に向き合っていく。

 今シーズンの製造が始まってから工場を訪問する機会がなかったのだが、6月末の休日にようやく訪ねることができた時、休暇明けで日本から戻ってきた上司が、「彼女の参考に」と持たせてくれた日本のドライトマトを渡した。ドライマンゴーを製造しているだけでは、オフシーズンに機械を遊ばせておくことになるので、マンゴー以外の商品開発にも彼女は細々ながら取り組んでおりドライトマトもその1つなのだが、乾燥技術もさることながら、その包装技術に目を留めていた。

ドライマンゴーの成形工程

 「これは良いわね!綺麗だししっかり密閉されているし。自社で質の高いパッケージングができるともっと商品価値が高まるなぁと常々考えていたの。ラベルの綺麗さも含めて参考にするわ」と早速、製品への反映を考えていた。

 彼女の長男が、この時期、修行を兼ねて彼女の仕事を手伝っており、横で帳簿を付けているところだったが、「ほら、これ見てごらんなさい。ドライトマトだって。それにこの包装が良いわ」と、未来の社長になるだろう長男としばらく話し込んだ。自分の代の後にも、会社が続くことを彼女は願っている。

乾燥施設

 ブルキナファソ国内では、マンゴーが至るところに実り、安価に手に入るため、ドライマンゴー市場は小さく、ほとんどはヨーロッパ市場向けである。彼女の製品も98%は輸出用で、ヨーロッパと南アフリカへ出しており、ヨーロッパの規格に合わせて品質認証も取得しているのだが、市場探しは容易ではなく、彼女が今後の課題として最初に挙げたのがこの点であった。

 その他、年間を通じて工場を稼働させられるよう商品の多角化を図ることや、設備投資のための資金探し、商品品質の改善に加え、従業員の強化も今後の取組事項らしい。縁あって訪問することになった日本でも、ブルキナファソのドライマンゴーを知ってほしいと、次回日本で食品展示会がある時には、なんとか自分の力で行けないかと模索している。やるべきこと、やりたいことはいくらでもあるのだ。

 彼女が変えたいと思っているもう1つは、ドライマンゴーを作る際に出る残渣(皮や種、種周りに残る果肉など)の有効活用である。今は工場横に掘った穴にどんどん捨てていき、穴がいっぱいになると業者がやってきて収集・廃棄している。しかし、「例えば堆肥化すればマンゴー栽培地の有機肥料として使えるし、なんとかうまく活用できないかしら」と言う 。場合によってはバイオガスを発生させて、乾燥機の燃料として活用できるとコスト減に繋げられるかもしれない。

 「残渣がまとまった量ないと難しければ、近くの業者と声をかけあって集めることも考えられるし」とも言う。日本の技術も大いに使えそうではあるのだが、はるばるブルキナファソまで来てくれる企業を見つけるには、やはりもう少しブルキナファソを身近に感じてくれるような魅力的な国にしていかなければと、こちらも気持ちを新たにした。

 これらの課題を話す時、彼女からは1度も「日本が金銭的な支援をしてくれないか」ということを言われたことがない。他のドナーからの支援を期待している風でもなく、それよりは知識や技術や経験などを求めている様子が伝わってくる。

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