WEDGE REPORT

2015年7月16日

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岩本一郎 (いわもと いちろう)

北星学園大学経済学部経済法学科教授

 奇妙なことであるが、ニューヨーク州議会が制定したサムの息子法は、渦中にあったバーコビッツ本人には適用されることはなかった。その後10年間、この法律の適用例は5件にとどまった。

最高裁は、サムの息子法を違憲と判断

 ヘンリー・ヒルの話に戻ろう。ヒルはバーコビッツとは違い、世間の関心を引く犯罪者ではなかった。むしろ、『グッドフェローズ』の成功によって注目を浴びることになった。ニューヨーク州の犯罪被害者委員会は、出版から数年経って、この本の存在に気がつき、出版社に対してヒルとの契約の写しを提出するよう命じた。このとき出版社は、ヒルに10万ドル近い報酬を支払っていた。

 委員会は、契約と本の内容を審査した結果、犯罪の話に当たるとして、ヒルに支払われた(将来支払われる)金銭を全額預託するようヒルと出版社に命じた。出版社はこの命令を不服として、「サムの息子法は、表現の自由を保障するアメリカ合衆国憲法修正第1条に違反する」との宣言を求めて訴訟を起こした。下級審は、サムの息子法は憲法に違反しないと判断したため、出版社は連邦最高裁に上告した。

 連邦最高裁は全員一致で、サムの息子法は犯罪者と出版社の表現の自由を侵害し、修正第1条に違反すると判断した。まず最高裁は、サムの息子法のように経済的な負担を表現する者に強いることも表現活動に対する「制約」に当たるとする。新聞社を狙い撃ちにした売上税が制約に当たるのと同様である。また、サムの息子法は、制約の対象を犯罪の話という主題に限定しているため、これは表現内容に基づく規制であるとされた。表現内容に基づく規制は、国にとって都合の悪い言論を抑圧する手段として用いられる危険があるために、裁判所は規制の合憲性について厳格に審査することを求められる。

 表現内容に基づく規制は、(1)その規制がどうしても実現しなければならない(compelling)政府の利益にかかわり、また、(2)そのための手段がその目的と厳密に一致するよう規定されている場合に限り合憲とされる。最高裁はまず、前述の2つの目的——犯罪者が自らの犯罪から利益を得ることを禁止することと、犯罪被害者やその遺族に対する十分な補償を確保すること——はどうしても実現しなければならない政府の利益であると判断した。

 しかし、最高裁は、規制手段についていくつかの欠陥を指摘し、目的との関係で厳密に仕立てられたものではないと批判した。

 (1) 犯罪の話をする対価として金銭の支払いを受けることは、犯罪者が犯罪から利益を得る方法の1つであるが、それに限られないこと。

 (2) この法律は、有罪判決を受けた犯罪者だけでなく、犯罪の被疑者・被告人、さらには犯罪を告白した者にも適用されること(たとえば、マルコムXの自伝やアウグスティヌスの告白も対象となる)。

 (3) この法律は、話の本筋ではない些細な犯罪の記述や著者の経歴における犯罪への言及にも適用されること。

 最高裁はこのような問題点を挙げ、「ニューヨーク州のサムの息子法は修正第1条に違反する」と結論づけたのである。【表1】は、サムの息子法の適用対象について、(a)有罪判決を受けた者に限定するかどうか、(b)犯罪の利益の源泉を言論に限定するかどうかという2つの軸で法律を整理したものである。1978年法の憲法上の欠陥は、その適用対象を有罪判決を受けた者以外にも拡大した点と、犯罪の利益の源泉を言論に限定した点にあった。ニューヨーク州は1992年に法改正し、再び違憲とされる危険を避けるために、一方で有罪判決を受けた者に適用を限定し、他方で犯罪の利益の源泉を言論以外のものにも拡大した。そうすることで、サムの息子法は、包括的な犯罪反-利益法となった。

【表1】サムの息子法の適用範囲
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