2024年4月20日(土)

中島厚志が読み解く「激動の経済」

2009年9月10日

 しかし、賃金の下落は止まる気配がない。「賃金構造基本統計調査」(厚生労働省)によれば、平均賃金は2002年から07年の間に合計で0.5%下落しており、2008年には前年比▲0.7%と下落幅が拡大したのみならず、平均月額賃金が30万円を割って1998年の水準に戻ってしまった(右図)。

 しかも、賃金動向と物価動向のどちらが他方に影響を与えた可能性が強いかを見てみると、80年代は相互に連関していたものが、90年代以降は賃金の動きが物価を先導する傾向が強まっている。

 こうなってくると、デフレの阻止役として期待される賃金が逆にデフレを増長させているようにも見える。これでは事態はなかなか改善しない。デフレ脱却を目指すのであれば、賃金がもっと下方硬直的になることが必要である。それを政策的に行うとすれば、最低賃金を上げていくことや公務員給与のマイナス改定をなくすことなどは有効であろう。

 こう書くと、「最低賃金を大きく上げると中小企業が持たない」とか「民間給与が下がっているのに、税金で賄われている公務員給与だけ下がらないのは理不尽だ」といった意見がすぐに出ようし、それは理に適ってもいる。しかし、公務員給与を下げないことは、同時に公共料金を下方硬直的にすることにもつながり、二重の意味でデフレ加速を抑制し、日本経済を沈没から救う一助となる可能性は排除できない。

 いずれにしろ、賃金を落ちるに任せていては、デフレとの悪循環を解消しにくくなる。それでは、日本経済どころか社会までもがすり潰されていくことにつながりかねないし、国民が豊かさを喪失していきかねない。

 賃金上昇には、なにより景気と企業収益の回復が前提であることは論を俟たない。しかし、景気と企業収益が回復して賃金が上昇に転じ、デフレが自然に解消するのを悠長に待っているばかりでは、デフレ脱却がいつになるのか分からない。

 デフレ脱却は急がねばならず、そのためには金融政策のみならず種々の経済政策を総動員することが欠かせないが、デフレを阻止する強力なアンカーを仕立てていくことも忘れてはならない。そのアンカーの一つが賃金の上昇である。これは、景気対策のみならず、企業の収益力向上を図る産業政策、同一労働同一賃金の徹底やサービス残業の根絶などを図る労働政策などによっても実現する。

 今回の総選挙でデフレ脱却を明示的に掲げた政党はなかったが、国民の豊かさ維持向上のためにも、ぜひ新政権は政策を総動員して賃金上昇への環境整備とデフレの阻止、脱却を強力に進めてもらいたい。

 

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