この熱き人々

2015年8月6日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

斬新な発想やユニークなキャラクターでこれまでにない狂言の魅力を発信。
小学校に本物の狂言を“出前”し、身近な芸能としての魅力を伝える。
型を超えホームグラウンドからも飛び出し、日本一おしゃべりな狂言師の挑戦は続く。

 いにしえからの時を刻んでひっそりと息づく場所と、まさに現代の時がビビッドに流れるスポットが折り重なるような京都の町を北に向かう。広大な京都御苑を過ぎ、平成の今を生きる人々の暮らしが広がる住宅地の一角にある日本家屋。そこが大蔵流狂言師・茂山千三郎の自宅兼稽古場だった。玄関を入るとすぐ左手が稽古場。木の香りの漂う静謐(せいひつ)な空間。そこに袴姿の千三郎が立つと、狂言の生まれた室町時代まで一気に時代が遡っていくような不思議な感覚が生じる。

 「生まれ育った本家も玄関の横が稽古場で、小学生の頃は学校から帰ってすぐ遊びに行こうとすると、父が待ち構えていて『稽古していこな』と声がかかるんですわ」

 待っている父は、人間国宝の四世千作である。祖父の三世千作もまた人間国宝。人間国宝が稽古をつけるために待っていてくれるというのは何とも贅沢な環境である。

 「幼い頃はこれが普通だと思ってたんですが、大きくなってから普通じゃないって気づきました。でも、三男ですからね。二歳から稽古をして二歳半で祖父と初舞台を踏みましたが、狂言師になれと一度も言われなかったですね。高校生の頃には、母方の実家の電気工事関係の仕事に就こうかと思ってましたから」

 それが今や、日本一忙しい狂言師、日本一おしゃべりな狂言師と言われる。十四年間もラジオ番組のパーソナリティーを務め、テレビのキャスターやコメンテーターとしても活躍してきたように、話術は軽快。それだけではない。エッセイの連載、狂言を面白く解説する本の執筆、オペラやミュージカルの演出、大学の講師、ライブハウスやミニシアター、公民館、学校などあらゆる場所に出向いての出前狂言。京都大学の山極寿一(やまぎわじゅいち)教授(現総長)との出会いから猿楽ならぬ“ゴリラ楽”を生み出し、茨木市のゆるキャラを主人公にした新作狂言「茨木童子」を演じるなど、まさに八面六臂の大活躍。今年は京都の文化の向上に寄与した人に贈られる京都府文化賞の功労賞を受賞している。

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