2024年4月19日(金)

古希バックパッカー海外放浪記

2015年8月14日

フランスの聖家族

 4月13日午前中、ロドスタウンの騎士団の要塞付近の旧市街を散歩していた時のことである。沢山の自転車が路上に放置されており一人の女性がそこに佇んでいた。自転車は子供用が4台、大人用が2台、それぞれ荷物を積んでおり特に大人用自転車は相当の重量の荷物を満載している。女性は30代半ばくらいか。

フランスの聖家族

 聞くとフランスから旦那と子供4人の家族全員で1年数カ月の予定で地中海を自転車で巡る旅の途上であると。パリ近郊を9カ月前にスタートし、マルセイユからスペインを海岸沿いに南下、ジブラルタル海峡を渡りモロッコ・チュニジアを巡り、マルタ島からシチリア島を経てイタリア南部を周り、海峡を渡ってギリシアのペロポネス半島を横断しアテネへ。

 アテネからロードス島へ辿り着いたとのこと。当日の午後にはフェリーでロードス島から対岸のトルコに渡り、イズミールからイスタンブールに行きバルカン諸国を経てアドリア海沿いに北上してフランスに戻るという気の遠くなるような旅程である。
更に驚くべきことに、上は11歳の長男から下は5歳の次女まで子供4人もそれなりに荷物を積んで自走しており、毎日テントでキャンプして三食自炊という。

 旦那と長男が戻ってきたのでさらに委細を聞くと、なんと自転車の交換用タイヤだけで20本、チューブが20本、交換用スポークが50本などなどパーツ類だけで20㌔以上になるとのこと。

 冬から春にかけて地中海は風が強く気温も低い。4月初旬のロードス島でも日差しは強いが、昼間でも木陰に入るとフリース1枚では耐えられずダウンジャケットを羽織っていたくらいである。冬季に北アフリカの砂漠の難路をよくも一家6人で走破できたものだ。

 日本では義務教育課程の児童を長期休暇させることは法律的に難しいが学校の許可は取れたのか聞いてみると、フランスでは義務教育期間中でも親が勉強を教えると宣誓して子供が学年末の試験に合格すれば進級できるという制度なので全く問題ないとの回答。なるほど個人主義・自己責任の原則が教育制度でも貫徹していると納得。したがって毎日両親は夕食後子供たちの勉強をみているとのこと。

人間は自分の見たいものしか見ず
真実を見ようとしない?

 旦那は30代後半で髭を伸ばしており静かに遠くを見ながら訥々と語る風貌はどこかキリストを彷彿とさせ、女性も一見物静かで日焼けした横顔が印象的な美人であるが芯の強そうな聡明な内面を感じさせる。長男は毅然として両親と私とのやり取りを聞いている。私はまさに21世紀の現代に生きる聖家族に遭遇したのである。

 後日談がある。この聖家族に深く感銘したので、その後私は機会あるごとに聖家族の話をしたが、果たして私のまったく想定外のコメントをもらい価値観・思考の多様性に驚いた。

 イギリス人ビジネスマン曰く、「判断力のない子供に苦役に等しい自転車旅行を強制するのは児童に対する一種の人権侵害の疑いがある。学校当局の判断を確認したい」

 イタリア人女性心理カウンセラー曰く、「子供のころ親に過酷な経験をさせられると将来成人してもトラウマが残ることが懸念される。家庭内暴力の加害者にこのようなトラウマが見られることが多い」

 日本人大学生曰く、「親が自分たちの価値観を子供に適用するのは親の自己満足にすぎないのではないか。もっと子供の自主性を育てるべき。」

 塩野七生が『ローマ人の物語』でカエサルの言葉として『人間は自分の見たいものしか見ず、真実を見ようとしない』と紹介しているが、小生も多分に自分の価値観という小さな枠の中からしか物事を見ていないと気付く。

⇒第3回に続く。

  
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