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2015年8月27日

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小泉悠 (こいずみ・ゆう)

財団法人未来工学研究所客員研究員

1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。民間企業を経た後、2008年から未来工学研究所。09年には外務省国際情報統括官組織で専門分析員を兼任。10年、日露青年交流センターの若手研究者等派遣フェローシップによってモスクワの世界経済・国際関係研究所(IMEMO)に留学。専門は、ロシアの軍事・安全保障政策、軍需産業政策など。著書に軍事大国ロシア』(作品社)、『プーチンの国家戦略』(東京道堂出版)『ロシアの軍事情報を配信するサイト「World Security Intelligence」(http://wsintell.org/top/)を運営。

 現在、ロシア政界である人事が大きな話題になっている。

 ロシアの国鉄であるロシア鉄道(RZhD)のヤクーニン総裁が突如として辞任を表明した問題だ。

 たしかにRZhDは総延長5万2000キロにも及ぶ鉄道網を管理し、90万人以上の従業員を抱える巨大組織であり、その意味では総裁人事が大きな意義を持っていることは間違いない。

 しかし、それ以上に重要なのは、ヤクーニン氏がプーチン大統領の最側近の一人と見なされる人物であることだ。

RZhDヤクーニン総裁の人物像

ウラジミール・ヤクーニン氏(写真:ロイター/アフロ)

 ウラジミール・ヤクーニン氏は1948年生まれの67歳。技師としてキャリアをスタートし、1985年から1991年に掛けて国連ソ連代表団のメンバー(1988年からは第一委員長)を勤めている。この際、ソ連の対外情報機関であった国家保安委員会(KGB)第一総局との関係を持ったとされるがはっきりしたことは分からない。もっとも、ヤクーニン氏の父親はKGB隷下の国境警備隊でパイロットとして勤務しており、情報機関との関係はもともと浅からぬものだったと見られる。

 ヤクーニン氏が後に大統領となるプーチンとの関係を深めたのは、彼らが別荘村のご近所同士という間柄にあったためだった。レニングラード州のソロヴョフカにあったこの高級別荘村には、プーチン氏のほかに産業界の大物が数多く別荘を構えており、彼らは1996年に別荘組合「オーゼロ」を立ち上げる。この別荘組合は、後に情報機関人脈とともにプーチン氏を支えるサンクトペテルブルグ人脈の一大派閥となった。なかでもヤクーニン氏は情報機関と産業界の両方につながりを持ち、プーチン氏の栄達を助けた。

 また、ヤクーニン氏はRZhD総裁としてプーチン大統領の一世一代のプロジェクトであるソチ・オリンピックの実現を助けるとともに、近年の愛国路線にも同調している。ウクライナ紛争でもRZhDはロシア軍の輸送に活躍し、米国の制裁対象リストにもヤクーニン氏が掲載されることになった。

 ヤクーニン氏が2005年にRZhD総裁となったのは、こうした献身の褒賞と見られている。ロシアの鉄道独占企業であるRZhDは特別な地位を有する「国家企業」に指定されており、総裁は資産公開の義務を負わない。これは同じくプーチン大統領の最側近で、国営石油企業ロスネフチの総裁であるイーゴリ・セーチン氏などと同様の特権が与えられたことを意味している。

 よく言われるように、プーチン大統領の権力の源泉は、インナーサークル内の側近達にこうした特権を与える「レント・シェアリング(山分け)」であり、ヤクーニン氏もまたその一員であったと言える。高級紙『ヴェードモスチ』のシニーツィン記者はこれを、「飼い葉桶に側近達が群がるシステム」と表現している(『ヴェードモスチ』2015年8月18日)。

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