2024年4月18日(木)

イノベーションの風を読む

2015年8月31日

 ナダルの最大の武器は、タマゴのような形に変形するほどの、強烈なトップスピン(縦の順回転)をかけて打ち出したボールが、大きな弧を描いて相手のコートで高く弾むフォアハンドストロークだ。そのフォアハンドストロークに安定感がなくなり、ベースラインから後ろに下がってボールを拾いまくりながら、徐々に相手を押し込んでいくという攻撃力も影を潜めてしまっていた。

 ナダルは、2013年のウィンブルドンで初戦で敗退しランクを5位に落としたことがある。そのとき、ナダルからは闘争心が消えることなく、敗戦をすぐに忘れ去って次の試合に向かっていったように思う。そして、USオープンの決勝戦でジョコビッチに勝って、彼からナンバーワンの座を奪い返した。

フェデラーは自らを変えた

 史上最高のテニスプレーヤーともいわれるフェデラーも、限界をささやかれたことがある。2013年のフェデラーは、グランドスラムとマスターズ1000のタイトルをひとつも獲ることができなかった。タイトルは、ハレ(ATPツアー500)のひとつだけ。2014年シーズンは6位からのスタートになった。

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 フェデラーは2013年の全仏の準々決勝で敗退した後、長いあいだ使ってきたフェース面積が狭い(90平方インチ)ラケットを変えることを検討し始めた。すでにほとんどのプレーヤーは、97平方インチから100平方インチのラケットを使っている。ラケットの材質や構造や製造技術の進化でボールのスピードが増し、より強いスピンをかけることができるようになった。それに伴って選手のプレースタイルも変化し続けている。フェデラーも変化しようとしていた。

 2014年は、グランドスラムのタイトルはないもののATPツアーで5勝(マスターズ1000は2勝)し、今年もこれまでに5勝してランキングも2位をキープしている。以前よりボールの威力が増し、バックハンドのストロークをネットにかけてしまうエラーも減ったように思える。97平方インチの新しいラケットに変えたことがよかったのかもしれないが、なによりも、テニスの変化に対応するために自らを変えようとしているフェデラーの姿勢に感動する。驚いたのは、8月のシンシナティ(マスターズ1000)のジョコビッチとの決勝戦だった。

 錦織はベースラインから下がらずに、ボールがバウンドして跳ね上がる途中を打つライジングショットを得意としている。ベースラインから踏み込んで打てば、速く返球して相手から時間的な余裕を奪うことができるだけでなく、より角度をつけたコースにボールを打つことができる。これもラケットの進化によって可能になったスタイルだろう。昨年準優勝したUSオープンでも、この錦織のプレースタイルが注目された。今年は、(そのUSオープンの準決勝で錦織に負けた)ジョコビッチをはじめとして、多くのプレーヤーが以前より前に出て打つようになったように思う。

 シンシナティの決勝戦の序盤、ジョコビッチのセカンドサービスで、いきなりフェデラーが前にダッシュした。それに驚いたのは、筆者だけではなかったようだ。サービスのボールがコートから跳ねる瞬間にラケットを合わせて、まるでハーフボレーのようにしてフェデラーが返球すると、ジョコビッチはそれほど難しくないバックハンドをネットにかけてしまった。第一セットのタイブレークでも同じようなシーンがあった。この試合は、フェデラーの闘争心がジョコビッチのそれを大きく上回っていたように感じた。そのままフェデラーは、今年初めてのマスターズ1000のタイトルを獲得した。

 相手のセカンドサービスに踏み込んで、そのライジングを捉えてハードヒットするプレーは、マレーが得意としている。今年、錦織はマドリッドとモンテカルロ(いずれもマスターズ1000)でマレーと対戦しているが、セカンドサービスをマレーに狙われてポイントを落とすシーンが目立った。

 しかし、フェデラーのプレーは、マレーのリターンとはまったく違う、これまでに見たことがないものだった。海外での著名なテニス解説者も「世界をハッとさせるウルトラアグレッシブなハーフボレーだ」などと、その驚きを表現している。


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