風の谷幼稚園 3歳から心を育てる

2009年10月2日

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野村 滋 (のむら・しげる)

株式会社コンテンツ・ファクトリー代表

情報誌会社勤務時代に取材で、創立間もない風の谷幼稚園と出会う。その後12年間、風の谷幼稚園の変遷を追い続けている。風の谷幼稚園の教育実践記『4歳の胸のうち』『5歳の誇り』を同社から出版。

 子どもが、子どもとして、子どもらしい時代を過ごせる。大人の都合ではなく、子どもの健やかな成長のためにすべてがある。そんな理想の幼稚園をつくりたい。

名前の通り風が吹き抜ける高台に建つ
「風の谷幼稚園」

 その想いを実現するために、文字通り“裸一貫”で行動を起こし、理想の幼稚園を創り上げた女性がいる。天野優子氏である。当時48歳。資金なし、資産なし。「どうすれば幼稚園をつくることができるのか」という知識すらない。あるのは情熱と実践力だけ。しかし、岩をも通すような子どもに対する情熱と信念、その桁はずれの行動力は4億円相当の土地の寄付を得て、その想いを現実のものにしてしまう。

 それが、神奈川県川崎市麻生区にある「風の谷幼稚園」である。

1億2000万分の1の確率を信じて、
一人の女性が動き出す

 「今にして思えば無謀な発想だったと思いますが、当時は自分の無謀さにも気づいていませんでした(笑)。私には情熱と実践力がある。無いのはお金と土地だけだ。日本には1億2000万人の人がいる。日本の幼児教育を憂いて資金や資産を提供してくれる人を1人見つけ出せばいいだけのこと、と思って行動に移したのです」

 それからは、あちらに資産家がいると聞けば一目散に駆けつけ、こちらで遊休地があると聞けば直談判に赴くという、まさに“体当たり作戦”を敢行。しかし、資金や土地を得ることはできなかった。当然と言えば当然である。

 しかし、その程度のことでくじけるような生半可な情熱ではない。使命感とも呼べる彼女の想いは、海をも渡ることになる。

 ある時、彼女は「大企業の経営者であれば資金を提供してくれるかもしれない」と思いつく。そこで、経営者の会合があると聞けば、あらゆる会合に駆け付け始めた。しかも、すべて飛び込みで。

 中でも圧巻なのは、知人から「中国で企業CIに関する経営者の会合がある」という情報を聞きつけたときのこと。その知人に頼みこみ、自腹を切って中国・北京の会場へ。そこで経営者のスピーチをすべて聴き終えた彼女は、「この人だ」と直感した人物にアプローチを試みる。話しかけるタイミングを見計らいながら、その人がふと席を立ったその時、彼に近づいて自分の構想を語り始めたのだ。

 場違いと言えば場違いに違いない。しかし、その情熱に心を動かされたのか、彼女に圧倒されたのかは定かではないが、「東京で話を聞きますよ」との言質を得て、なんと面会は本当に実現した。

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