対談

2015年9月26日

»著者プロフィール

「いい大学」から「非生産部門」に行ってしまう若者たち

木下 地域活性化に取り組んでいると、まわりでも「公務員になりたい」という学生が増えていると感じます。でも彼らには、「今後はいちばん過酷な職場になると思うよ」と話しています。自助努力では売上げが立てられない組織で、やることは山ほど増加し、さらに公共という立場はきわめて皆の要求に応えることが求められる。しかしながら、あまりそういう社会全体の課題と、行政という組織が持つ課題と、個人の仕事との一体的理解はあまりないんですよね。これは大組織はどこもそうかもしれませんが、寄らば大樹の陰。そういうところに滑り込めば、あとは「食いっぱぐれがない」ってみんなから言われているみたいですね。

久松 親もそう言うだろうしねえ。

木下 僕には進学や、自分の仕事の選択について「親に相談する」なんていう発想がなかったので、そこがあまり理解できないのですが、素直な子ほど年配者に相談して、自分の考えで判断しなかったりすることが、残念で仕方ありません。

久松 それは深刻な問題で、若者の中には今の状況に不満を持っている人も多いと思うんですよ。このままじゃいけないってことはわかっているんだけど、でも、親には祝福されたい。変なたとえですけど、「戦争による人殺しには反対だ。でも戦争で人を殺したおじいちゃんのことは孫として好きだ」というとき、戦争を憎む気持ちと家族を愛する気持ちは切り分けないといけないですよね。それと同じように、愛すべき父親であっても、その親が善意で言っている「公務員は安心だ」は、疑ってかからないといけない。

 でも実際は地方ほど、高校から地元を離れる人は多いですよね。東京の大学を出て地元に帰ってきて、生産側ではないセクターに入っていく。それで実力を発揮しないまま地域に埋もれていく。かなりヤバい段階にきていると思います。

木下 特に深刻なのは、高度な教育を受けた人ほど、むしろ地域のコストセンターの増大に寄与してしまうことです。地域のなかの生産部門に行かずに、公的セクターや地銀といった非生産部門に行ってしまう。もちろん非生産部門が不要とは言いません。でも多額の教育投資を受けた人ほど、生産部門の稼ぎで食べさせてもらう側を積極的に選択していってしまうのは困り物です。でもそれが、周囲の大人には歓迎されるんですよね。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る