2024年4月17日(水)

メディアから読むロシア

2015年9月28日

 以上の演説はシリア問題に関してロシア政府が繰り返してきた立場を端的にまとめたものである。その第一は、ISは中東地域に留まらないグローバルな脅威であり、ロシア及び旧ソ連の安全保障とも直結しているという点だ。ロシアの北カフカス地方(チェチェンを含む)や中央アジアには多くのイスラム教徒が暮らし、ここからかなりの数が、ISやシリアの非IS系反政府組織(ヌスラ戦線等)に渡っていると見られる。彼らがテロリスト間ネットワークや豊富な実戦経験とともに故国へ帰還してくれば旧ソ連全体が不安定化しかねない、というのが以前からのロシアの立場であった。

「大連合」にはシリアのアサド政権を含まなければならない

 第二は、このように深刻な脅威を及ぼすISに対して、一種の「大連合」を形成する必要があるという点である。そして、この「大連合」にはシリアのアサド政権を含まなければならない。このようにしてシリア内戦をISとの「対テロ戦争」と再定義することで、追い詰められたアサド政権を延命するとともに、ウクライナ危機で孤立を深めていたロシアも「大連合」の一員として国際的地位を回復することができる、という狙いがあると思われる。

 ロシアはこのような「大連合」構想を夏ごろから盛んに唱えるようになった。欧州では押し寄せる中東難民を前に中東地域の安定化を望む声が高まりつつあり、かといって米国が強力な軍事介入を行う見込みは極めて低いという状況下で、「大連合」構想が受け入れられる可能性はたしかに排除できない。

 第70回国連総会での一般討論演説では、プーチン大統領が「大連合」構想について改めて説明し、各国に支持を要請すると見られるが、今回とりあげたドゥシャンベ演説はその予行演習のような性格を持っていると言えよう。ちなみにプーチン大統領が国連総会で一般討論演説を行うのは10年ぶりである。

 加えてロシアは9月初頭から大規模な航空戦力を始めとする軍事プレゼンスをシリアに展開させ、軍事介入の構えを見せ始めた。プーチン大統領は「大連合」構想が受け入れられなければロシア単独でもISへの空爆に踏み切ると述べているが、米国などが懸念しているように、そのような事態になれば西側部隊との偶発的衝突が発生しかねない。こうした懸念を逆手に「大連合」構想への同意を迫る意図があるのだろう。

 このように、シリア情勢を巡ってロシアの存在感が急速にクローズアップされる一方、ウクライナでは新学年の到来に合わせて親露派武装勢力と政府軍の間で重火器の撤退や停戦の申し合わせが行われ、9月12日にはウクライナのポロシェンコ大統領が「紛争開始以来、一度も砲撃がない日が訪れた」と述べるに至った。あくまで状況証拠に過ぎないが、シリアにおいては対テロ陣営の一員としての立場をアピールしつつ、ウクライナ情勢は沈静化させて後景へと退かせ、西側との緊張関係を緩和する、というリンケージ戦略がロシア側にあるのではないか。

 とはいえ、「大連合」構想がロシアにとってひどく都合のよいものであることは間違いない。特に米国、英国、サウジアラビアはアサド政権の退陣がシリア情勢解決の前提であるという姿勢を崩しておらず、ロシアの立場とは根本的に食い違う。

 また、シリア国民を殺戮している最大勢力は、ISでもヌスラ戦線でもなく、アサド政権なのであり、ロシアの軍事援助は結果的にこれを助長していることも忘れてはならない。これについてプーチン大統領は演説の後半を次のような自己弁護で締めくくっている。


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