この熱き人々

2016年1月31日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

初の試み、奉納劇に挑戦

 いま、気力を集中させているのは、10月23日から25日の3日間で4公演、再演もないという日本初の奉納劇「降臨」。中学時代から神社仏閣が大好きで、毎回、舞台に神棚を設えてお祓いもしているという宮本だが、三年前に上賀茂神社から奉納劇の話があってから決断するまでには、かなり時間がかかっている。

 「いつか聖なる儀式的なものをやってみたいという漠然とした願望はあったんです。だからうれしい話なんですが、いざ具体化するとなると前例のないことだし、何をどう表現するのか、何ができるのか、これまでとまったく違う野外でのセットをどうするのかとか、いろいろ悩みましたね」

 実際に上賀茂神社に身を置いてもみた。そこで、『山城国風土記(やましろのくにふどき)』を知り、その中から祀神(さいじん)である賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)の誕生の物語を聞いているうちに、たくさんの「なぜ?」が生じ、自分なりの解釈が湧き上がり、しだいに伝えたい思いが固まっていったのだという。

 「太古の昔からこの地で生き続けている森の気を感じていると、時代を遡って過去と繋がっていけるようで、いつまでも佇んでいたい気分になってね。自然と人間と神がリンクする話に感動して、神とは? 人間とは? 生きるとは? と考えていた。いまの時代だからこそ、そんな根源に近づけるものをこの場所から伝えられたらと思ったんです」

 “降臨”とは、物理的にその姿を見ることが不可能なものが人々の前に現われることであり、それぞれの人々の心の中にそれぞれの姿で感じるもの。だから、主役である別雷神は誰も演じない。映像やテクノロジーを駆使して、神かもしれないと感じられる瞬間を、六感を解き放ってつかみとってもらいたいと言う。セリフという言葉によって何かを伝えたり、それを理解しようという演劇の方向とはまったく違うようだということはわかった。セリフは最小限にして、語りと音楽と現代のハイテク技術で何かを感じるきっかけとなるような舞台。どうやら劇場に行くのとは違う何かが起こりそうだ。

 そもそも奉納とは、神仏を敬い、鎮め、楽しませるために人々が大事なものを供物として捧げることで、奉納劇は観客のためではなく、神のために捧げるものということになる。ということは、観客はどういう立場になるのだろうか。

 「劇場の観客とは違いますよね。ともに神がいる瞬間を味わい、みんなで一緒に奉納するということになります。神は、天気に左右されないから雨天決行。神事が雨によって中止ということはありえないそうです」

 観客と宮本は、見る者と提供する者という関係ではなく、ともに捧げる者という同じ土俵にいることになる。宮本にとっても初めての試みなら、観客にとっても初めての体験になる。

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