2024年4月19日(金)

【特別対談】日本のソフトパワーを考える(全4回)

2009年10月9日

―― 伝統工芸を維持するために補助金を入れたとして も、急場をしのぐということでは意義があるかもしれませんけれども、根本的な解決にはならないですよね。そうすると、消費者としての日本国民、日本だけで なくマーケットは世界でもいいと思いますが、消費者側でそういったものに対する尊敬や手に入れたいという気持ちを取り戻して、ニーズを回復していくのが根 本策かな、と思ってしまいますね。

青木 政治と同じで、伝統をきちんと築いていくのはやはり国民というか、一般の人たちの文化に対する尊敬の気持ち、文化の継承は絶対必要だ、と伝統の価値を守るような態度を持たないと難しいですね。

―― そこは価値観にも結び付く話ですから、答えは一つじゃないと思いますが、どの辺から手を着けていくのがいいのかな、と迷ってしまいます。

青木 確かに、国レベルでは人間国宝指定や、重要文化財指定もやっているんだけど、それはあくまでもごく一部です。もっとすそ野が広がらないと。いろいろと努力は役所もしているのですが、何しろ文化事業が少なく文化への関心が低い。

バラカン 価値観というのは、人間誰でも自分の親から 気が付かないうちに影響を受けるものが一番大きいと思うんですね。もちろん親以外にも、その周りにいる大人たち、あとはマスメディアですよね。しかし、マ スメディアの価値は、残念ながら今はほとんどないと言ったほうがいいかもしれない。これは、日本だけの問題ではありません。だから、一人一人、子どもを持 つ親がはっきりと自分の子にどういう価値観を持ってほしいか考えないと、気が付いたときにはもう遅いと思うんですよね。

青木 そういう点では、家庭教育、それもしつけや礼儀作法なども含めてほとんどなくなってしまっていますから。それから、少子化で、子どもが一人しかいないと、大事にし過ぎるでしょう。子に対する期待が大きいと、子どもにとってはうっとうしい。親の愛情も社会の期待も分散されたほうがいいかもしれません。

バラカン それに子どもは遊ばないことにはうまく育たないからね。人間関係の勉強は全部遊びから身に付けるんだから。

青木 文化と教育の話とか、今のしつけの話とか、それから、どういうことを教えたらいいのかといった、家庭や学校だけじゃなくて、社会での子どもの位置付け。そういう議論がほとんど出てこないでしょう。

 政治の世界では、党派問わず教育の議論はいっぱいあるでしょう。だけど、文化についてはほとんど触れない。日本の文化をどう伝えるかということに ついても議論されない。それから、もう一つは、家庭も社会も含めたものとしての教育や、子どもをどう位置付けるかという議論もないですね。

バラカン そう。日本の文化について楽しく何か伝えたほうがよっぽどためになると思う。

 
 

 

<第4回につづく>

青木 保(あおき・たもつ)
青山学院大学大学院特任教授。文化人類学者。
前文化庁長官、大阪大学名誉教授、文化人類学者。
1938年生まれ。1965年以来、東南アジアをはじめアジア各地、西欧などで文化人類学的フィールドワークに従事。1970年代にはバンコクの仏教寺院 で僧修行をする。宗教からジャズまで、国、地域間における「文化」の役割や文化外交、「ソフトパワー」の役割などに強い関心をもっている。大阪大学、東京 大学、政策研究大学院大学などで教授をつとめた後、2007年4月から2009年7月まで、 18代目の文化庁長官に在任。また、ハーバード大学、フランス国立パリ社会科学高等研究所などで客員研究員や教授をつとめた。2000年、紫綬褒章受章。
主な著書に、『儀礼の象徴性』(岩波書店)、『「日本文化論」の変容』(吉野作造賞、中公文庫)、『逆光のオリエンタリズム』(岩波書店)、『アジア・ジレンマ』(中央公論新社)、『憩いのロビーで 旅のやすらぎ、ホテルとの出会い』(日本経済新聞社)、『異文化理解』『多文化世界』(いずれも岩波新書)など。

ピーター・バラカン(Barakan, Peter)
ブロードキャスター、音楽評論家。
1951年ロンドン生まれ。1974年、レコードショップで働いていたとき、日本の音楽出版社の求人に応じて来日。6年後、YMOのマネジメント事務所に 転職し、YMOの海外コーディネイションや楽曲の英補作詞を担当した。その後は独立し、テレビやラジオの音楽番組パーソナリティを数多くつとめ、その選曲 センスは音楽ファンから高い評価を受けている。
また、テレビ番組の司会も務め、「CBSドキュメント」(TBSテレビ)で海外の良質なドキュメンタリーを紹介し、「Begin Japanology」(NHK)では、日本の伝統文化やその継承者を紹介し、等身大の日本文化への理解を促している。
主な著書に、『魂(ソウル)のゆくえ』(アルテス・パブリッシング)、『ぼくが愛するロック名盤240』(講談社プラスアルファ文庫)など。




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