WEDGE REPORT

2015年10月28日

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最大の目標だったナイキからスタートした
フォトグラファーとしてのキャリア

 そうこうしている間に、ナイキのキャンペーンの仕事が入った。「カメラマンを始めた時に目標にしてたのがナイキの仕事をするってことだったんですよね。その目標があったからこそ、激しい動きのある写真を撮るようになったみたいなもんで。で、そのナイキのキャンペーンを撮ることになって、食っていけるようになった。でもナイキ以外の仕事はなかったりね」。その後3年続けてナイキのキャンペーンを任されたトクヤマだが、「ちょっとした燃え尽き症候群みたい」になってしまったという。

トクヤマの人生の分岐点となったナイキのキャンペーン撮影。大きなプレッシャーの中、普段はしないような豪華なライティングを組み、迷いながら撮影を始めたが、『あなたの写真を見て、あなたをブッキングしたのだから、いつものやり方であなたが思うように撮ればいい』とアートディレクターに言われ、我に返ったという。(写真:Munetaka Tokuyama Photography提供)

 「僕って目標がないと生きていけないタイプなんですよね。それなのにナイキの後のビジョンなんてなかった。自分の中では叶うなんて思ってなかったような大きな目標だったんです。何年かやらせてもらって、自分の仕事に変化をつけないといけないな、と香港での仕事を始めたんです。そうすると、写真を撮ることは同じなんだけど、違う文化で、出会う人も変わってくる。それから、ナイキは中国にもあるんだって気付いたんです。大陸や国によって違うキャンペーンをしてるんですよね」

言語化する能力に長けたフォトグラファー

 トクヤマは2013年日本に帰国した。クライアントはアディダスやリーボック、プーマといったスポーツブランドから、ユニクロや全日空にキャノン。それに岩手県の地酒「南部美人」と幅広い。アメリカ、フランス、ドイツ、中国、それに日本のエージェントと契約を結び、活動の拠点を日本にしながらも、世界中どこで行われる撮影でも単身乗り込んで行く。時にはバックパック一つで行く場合もあるほどだ。「今はネットで何でも見れる時代だけど、いろんな国に自分の販売代理店があって、そこに僕のブックが置いてあります。その国に根を張り、その国の時間で営業し、その国にフォーカスしているローカルなエージェントが僕のチームとして機能してくれていて、力強く思っています」

 トクヤマのユニークさは、自分のルールを設定したり、目標を立てるといった言語化する力が非常に強いところにある。NY時代には「日本以外の案件で食えるようになるまでは、日本の仕事をしない」ということや「お世話になった人の名前を出してまで自己アピールをしない」ことであったり。「かなり自分を律していた」ことで、時には仕事が遠のいてしまうような決め事も、自分の力で生きていく力を手に入れるための、不器用で職人堅気のフォトグラファーの流儀ゆえだった。

震災後、東北の酒造会社が厳しいという状況があって、「力になれるのなら撮影したい」と思った岩手県の地酒「南部美人」梅酒の広告。限られた予算の中、小物や衣装探しにも加わるなど、クリエイティブ全体に関わった。「狙って賞を獲る」ことで、広く世界中に伝える役割も担った。海外では世界の写真界で最も大きな賞の一つであるPDN PHOTO ANNUAL AWARDS 2014の広告写真部門でWINNERに選ばれており、今回日本では初受賞となる知らせが届いたところだ。「心を動かす作品」を募集したAPAアワード2016 第44回公益社団法人日本広告写真家協会公募展では、優秀賞を受賞した。(写真:Munetaka Tokuyama Photography提供)

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