脳神経科学で読み解く音楽
嗜好品に留まらぬ音楽の力

『音楽嗜好症(ミュージコフィリア)―脳神経科医と音楽に憑かれた人々』オリヴァー・サックス


東嶋和子 (とうじま・わこ)  科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

オトナの教養 週末の一冊

»最新記事一覧へ

今ほど手軽に音楽を聴くことのできる時代があっただろうか。たとえ、それが電子化された音楽であるにせよ、私たちはいつでもどこにいても容易に音楽を”入手”し、自由に楽しむことができる。私たちは、音楽の海に浮かんでいるようなものだ。

 現代では、音楽的才能に恵まれた一部の人々が音楽を提供し、その他の人はもっぱら音楽を聴く側にまわっているが、原始社会では誰彼の別なく歌い、踊り、音楽を集団で楽しんでいた。音楽はそれほど、人間にとって根源的なものなのだ。

 「人間の音楽の能力と感受性が、どの程度生来のものなのか、ほかの能力や性向の副産物なのか――に関係なく、音楽はあらゆる文化において基本であり核である」。

 本書の著者であるオリヴァー・サックスは、そう語る。

 「私たち人間は言語を操る種であるのと同じくらい音楽を操る種なのだ」と。

 本書は、優れた医学エッセイで知られる脳神経科医サックスが、彼ならではの温かい語り口で、音楽と脳との関係をつまびらかにした音楽好き必読の書である。「音楽嗜好症」を自認する人はもちろん、音楽好きでないという人でも、音楽の力を再認識するに違いない。

 私たち人間は音楽を認識する。音質、音色、音程、旋律、和音、そしてリズムを認識する。脳のさまざまな部位を使って、頭の中でこれらをすべて統合し、音楽を「組み立てる」。感情がわくだけでなく、運動する。音楽に合わせて拍子を取り、メロディーの「物語」とそこから生まれる思考や感情を、顔や姿勢に映し出す。

 この驚異的な機構は、脳にある単一の「音楽センター」でつくられているのではなく、脳全体に散在するたくさんのネットワークが関与してできているとわかってきた。このネットワークがあまりにも複雑で高度化しているが故に、さまざまな歪み、過剰、破損が生じやすくなる。

 たとえば、音楽を知覚したり想像したりする力は、何らかの脳損傷によって弱められる場合がある。「失音楽症」である。あるいは、頭に浮かぶ音楽が抑制できなくなり、耳に残るメロディーがひっきりなしに繰り返される。音楽幻聴が起こることさえある。

 音楽で発作を起こす人もいれば、音楽を聴いているときに色が「見える」、「味がする」、あるいは「におう」などの共感覚をもつ人もいる。

1
nextpage
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
「オトナの教養 週末の一冊」

著者

東嶋和子(とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

WEDGE Infinity S
ウェッジからのご案内

Wedge、ひととき、書籍のご案内はこちらからどうぞ。

  • WEDGE
  • ひととき
  • ウェッジの書籍