2024年4月19日(金)

Wedge REPORT

2015年12月8日

地域社会との交流図る“にっこにこフェスタ”

 トラッソスは13年目となるが、吉澤氏が力を入れているイベントが今年8回目を迎えた全日本知的障がい児・者サッカー競技会『にっこにこフェスタ』である。この大会は、日常的にスポーツをする機会の少ない知的障がい児・者やその家族がスポーツを通して交流し、地域社会への理解を促進することを目的とし、個人でもチームでも参加が可能になっている。今年の大会には、過去最高の参加者とボランティアが集まり、秋晴れの下、江戸川区陸上競技場で行われた。

参加者、ボランティア、観戦者などを含め1600名を超えた今年のにっこにこフェスタ。地元の中学や大学、企業のボランティア参加も多く、地域に根ざしたイベントとなった(写真:トラッソス提供)

 「知的障がいや発達障がいのある人の自立や社会参加を目的としたスポーツイベントにスペシャルオリンピックスがあります。当時、スペシャルオリンピックスが毎月行っていたスクールのような活動が、雨だと中止になったりして、2-3ヶ月ない時もあったんです。だったら自分たちで大会を作ろうよ、と2008年に始めたのがにっこにこフェスタです。チームでも個人でも、ちびっこでも参加できるサッカー大会を中心としたイベントで、選手たちは天然芝のスタジアムでプロ気分を味わいます。今では毎年目標にしてくれているチームもあり、『日常生活の生きがいの一つ』と言ってくれる方もおられます」

 大会の理念や趣旨を広げていくことも吉澤氏にとっては重要なことである。「いかに理解してもらうか。参加してみたいと思ってもらえるかなんですよね。だからポスターや案内状の表現にもこだわっています。5人1チームで試合に出られるのですが、5人集めるのが大変なんです。休日に開催するので、『オレが連れて行くよ』って言ってくれる人がいないとダメなんです。それでも毎年参加者は増えていますし、個人参加から始めて、今ではチームで参加している方もおられます」

 大会当日は、地元の中学校や大学、企業から多くの人がボランティアスタッフとして運営をサポートした。中学生が子どもの手を引いてジグザグドリブルをしたり、試合のボールパーソンをしたり。「思春期の間に知的障がい児・者と接し、頭で理解するよりもまずは関わって欲しいと思って、地元の中学校にボランティアをお願いしました。健常者が障がい者を知る機会になり、『自分には何ができるんだろう』と考えるきっかけになります。イベント後に中学生が『障がいのある人でもサッカーを楽しんでいて、いつか一緒にサッカーができたらと思いました。サッカーを愛しているということは僕たちと一緒だと分かりました』と語ってくれたように、相互理解が深まっていきます。

 また、『ボールパーソンをしていて、ボールを取って渡したら、「ありがとう」と言ってくれて嬉しかった』と複数の中学生が話しました。当たり前のことをしたことに対して感謝の言葉をかけられて、子どもたちは驚いたようです。それは彼らがそういう感謝の気持ちを表現することができるからなんです。ボランティアだって、お涙頂戴で助けてあげるんじゃないんですよね。お互い人間だし、配慮が必要なだけなんです。僕はあの子たちに生きがいを与えてもらいました。それはあの子たちの力なんですよね。してもらうだけじゃない。知的障がい児・者もいっぱい力を持ってるんですよ」

知的障がい児・者が笑顔になれるような社会に

 トラッソスが行っているのは、知的障がい児・者の可能性を広げる試みだとも言える。この点について、日本女子大学の渡部教授は「知をどう捉えるか」だと言う。「知的障がい児は知能指数によって、『これくらいのことができる』と判断されるのですが、そうじゃないことも起こり得ます。過剰な期待はダメですが、限界を決めると伸びる芽を切っていることになる」。また、それには知的障がいへの社会の理解と寛容さが重要になる。「正しく障がいが理解されないことで、『どうしてこんな簡単なこともできないの』という周囲からの言葉や態度によって、対人関係が悪化し、知的障がい児・者が自信をなくしたり、ひきこもったり、また今までできていたことができなくなったりということが起きてしまいます」

トラッソスの代表吉澤昌好氏は、もともとJリーグトップクラブのスクールでコーチをしていたキャリアを持つ。今年、上級障がい者スポーツ指導員養成講座を修了したが、「身体障がい者スポーツに比べ、知的障がい者スポーツは遅れている」という(写真:著者撮影)

 吉澤氏は言う。「『障がい者だから面倒を見ないといけない』という固定観念をまだまだ多くの人が無意識のうちに持っているように思いますが、こうした考えが主流となる社会では、彼らにとって本当の自立にはつながりにくい。そんな現状を変えていきたいと思っています。彼らが自らの意思で自らの生き方を決められること、それが自立と言えるんじゃないかなと思っています。大会ボランティアに来てくれた中学生が初めて知的障がいに触れたように、スポーツを通して、知的障がい児・者と健常者が交流し、理解が広がる。そしてどの町にもいる知的障がい児・者が笑顔になれるような社会に。今はまだまだ力不足ですが、10年後には社会に一石を投じる存在になっていたいですね」

 2020年に東京オリンピック・パラリンピックがあることで、今後身体障がい者の社会進出や社会からの認知・理解はさらに進んでいくだろうが、見た目で分からない知的障がい者にとっては、同じような状況にはならないと思われる。吉澤氏が感じた知的障がい児・者の力を社会が感じられるよう、トラッソスの活動を今後も追っていきたいと思う。

  
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