いま、なぜ武士道なのか

2009年10月17日

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 昨今ひきもきらずに聞こえてくる、青少年の非行、自殺のニュース。未来ある子どもたちであるはずが、たいへん残念なことである。いったい何が子どもを追い詰めるようになったのか。
『葉隠』では、健全な家庭環境を保ち、結果、一家の家父がつつがなくつとめを果たせるよう、子育てに大切な3つのポイントをまとめている。

子供の自殺や非行が社会問題となっている。父母、先生、評論家入り乱れての論争である。論争というよりは責任転嫁競争とでもいった方がよかろう。

 非行の原因を、先生の指導力欠如に求める父母、あるいは家庭のしつけにあるとする先生、どちらにもいい分はある。それに反して、当の子供達は意外と冷静で、自分らの問題ではないような顔をしている。すぐれたビジネスマンにとって健全な家庭は絶対条件である。

武士の子供は育て様あるべき事なり。先づ幼稚の時より勇気をすすめ、假初にもおどし、だます事などあるまじく候。
幼少の時にても臆病気これあるは一生の疵なり。親々不覚にして、雷鳴のときもおぢ気をつけ。くらがりなどには参らざる様に仕なし、泣き止ますべきとて、おそろしがる事などを申し聞かせ候は不覚の事なり。又幼少にて強く叱り候へば、入気になるなり。又わるぐせ染み入りてよりは意見しても直らぬなり。物言ひ、礼儀など、そろそろと気を付けさせ、欲義など知らざる様に、その外育て様にて、大体の生れつきならば、よくなるべし。
又女夫仲悪しき者の子は不孝なる由、尤もの事なり。鳥獣さへ生れ落ちてより、見馴れ聞き馴るる事に移るものなり。
又母親愚にして、父子仲悪しくなる事あり。母親は何のわけもなく子を愛し、父親意見すれば子の贔屓をし、子と一味するゆえ、その子は父に不和になるなり。女の浅ましき心にて、行末を頼みて、子と一味すると見えたり。

(現代語訳)
武士の子供には育て方がある。まず、幼い時から勇気をすすめ、かりそめにも、おどしたり、だましたりしてはならない。幼少の時でも臆病気のあるのは一生の瑕(きず)となる。親たちの不注意で、雷鳴の時おじけづかせたり、暗がりなどへ行かせないようにし、また泣きやまそうと思って、怖がることをいい聞かせることは、無知というほかない。
幼少の時に強く叱れば内気になってしまう。また、悪い癖が身に染みないようにしなければならない。いったん染みついてしまうと、意見をしても直りはしない。物のいい方や礼儀などもだんだんと気をつけさせ、欲心など起こさせないようにし、その外、育て方次第で、普通の生まれつきならば立派になるものである。
また夫婦仲の悪い者の子供は不孝者になるといわれるが、もっともなことである。鳥獣でさえ、生まれおちてより、見たり聞いたりすることに染まるものである。
さらに、母親が愚かで、父と子の仲が悪くなることがある。母親は何のわけもなく子供を溺愛し、父親が意見をすると、子供の味方をし、子供の側についてしまうので、その子は父と不和となってしまうのである。女の浅はかな心から、また将来を頼むという打算から子供に味方するものと思われる。

 ここで説かれていることは、今から300年も昔のこととは思われない。

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