ドローン・ジャーナリズム

2015年12月9日

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渡辺秋男 (わたなべ・あきお)

クレセントエルデザイン代表

1976年、東京都生まれ。(有)クレセントエルデザイン代表。かつてヘリコプターのエンジニアだった父を持つ。日本機械学会の100周年にちなんだ『100ジュールロボットコンテスト』において、ヘリコプターをモチーフにした作品を出品し創造賞を受賞。現在はシステム開発やウェブ制作の会社を経営し、ドローンによる空撮サービスも行う。空撮映像はフランス国営テレビやNHKをはじめ世界から評価を得ている。
 

 本州最南端の潮岬は、和歌山県串本町にある。このあたりの海域は熊野灘といって、黒潮と親潮がぶつかる潮目にあたる場所で海流の荒々しい波のうねりが特徴だ。この激しい波がリアス式海岸を削り取り、海金剛や橋杭岩などの岩礁・奇岩の景勝地も多い。

海金剛
橋杭岩

1890年に起きたトルコ軍艦
エルトゥールル号の沈没事故

 今から125年前の1890年、この串本町の樫野埼沖でトルコ軍艦 エルトゥールル号の沈没事故が起きた。乗員656名のうち、587名の命が奪われた大規模な海難事故であった。今回この熊野灘、樫野埼を4Kドローンで空撮した。まずはこちらの動画をご覧いただきたい。

https://youtu.be/GXpLr2pSIm8

  トルコは親日国として有名な国だ。なぜ親日国なのか。その理由は2つある。一つは1904年、日露戦争において、日本がトルコの宿敵であるロシアを破り、勝利したから。

 そしてもう一つがこの「エルトゥールル号海難事故」なのである。この事故において、串本村の村民は総出で自らの危険も顧みず救助を行い、残り少ない蓄えの食料を提供し手厚く看護をした。その後、生存者69名は一旦神戸にて治療を受け、その後明治天皇の命を受けた明治政府が軍艦2隻にてオスマントルコ帝国に送り届けたのである。

 日本人であれば、困った人を助けるのは当たり前のことで、誰に自慢することでもない(逆に自慢するのは恥ずかしいこと)という感覚があったのかもしれない。そのためか、日本ではこの話の詳細はほとんど知られていない。しかし、助けられたトルコ人は、この行いに深い感銘を受けたのだろう。125年経った今もこの事故のことがトルコの教科書に載っている。

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