この熱き人々

2016年1月20日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 映画公開から、さらに半年ほどたった15年4月末。NHKのBSプレミアムで「祈りと絆の島にて~村治佳織 長崎・五島の教会を行く」という番組が放送された。テレビという媒体を通して再び元気な姿を見せ、ギターの音色を聴かせてくれたことに安堵した人は多かったはずだ。美しい五島の景色を背に、禁じられたキリスト教への信仰を糧に苦難の道を歩んできた島の数奇な運命と、病という試練を克服していま復帰の道を確かに歩き出した村治の祈りが重なって胸に響いてくるような番組だった。

 番組冒頭の、村治の心の内を代弁するような「新たな形で活動する決意をした」というナレーションが頭の中に残っている。新たな形……そういえば、番組の中でギターをつま弾きながら作曲をしているシーンがあった。

 「すでにある曲に出会って、曲を解釈し、弾くことで表現するということに何の不満も感じてこなかったので、即興とか作曲に興味が向くことはこれまでなかったんです。いまは日記やエッセイを書くように、ギターの曲を作るという感じですね。初めて曲を作ったのは、実は12年にテレビ番組でアフリカのタンザニアを訪ねた時なんです」

 「音楽の生まれた場所」と村治がイメージしているタンザニアでは、日常生活に音楽が溶け込んで、夕餉(ゆうげ)の支度をするお母さんたちの口からも即興で曲が流れ出す。そんな環境に身を置いているうちに、自分もまた自然に曲を作っていたのだという。

 「本当にいろいろな出来事がいっぱい詰まった年だったんです。すべての仕事が刺激的で楽しくて、充実していて、いろいろな経験ができて……病気にもなっちゃった」

 それまでに2度、村治は演奏ができない状態を経験している。右手の橈骨(とうこつ)神経麻痺で、極細の絹糸が風に震えるようなトレモロを奏でる右手が動かなくなったのである。

 「最初は、朝起きたら手首から先がまったく動かなくなっていたんです、歯ブラシすら持てない。2度目は飛行機の中で。体の重みが腕にかかり、神経を圧迫したようです」

 神経が切断されたわけではないので、毎日少しずつよくなるのを待つしかない。ギターとともにあった日々から突如切り離される。ショックや不安は大きかったと思う。

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