2024年4月20日(土)

WEDGE REPORT

2016年2月6日

 第2次世界大戦前、アメリカでは日本人が病院で診察や入院ができない時代があった。1913年に施行された外国人土地法によって、市民権を持たない日本人移民は土地の所有が禁止されていたからだ。そこで、日系移民1世を対象にした病院を設立しようと、政府を相手に最高裁判所で争い、 1929年にロサンゼルス日本人病院が設立された。

 「この病院を一部に加え、1961年にジョージ・アラタニ氏(日系人の福祉向上、文化遺産・日本文化の保存・継承及び日本・アメリカ合衆国間の友好親善の増進に寄与したとして、日本政府から旭日重光章を授与)ら8人によって設立されたのが『敬老』だ」。こう話すのは、「敬老」を守る会執行部の井川斎・チャールス氏。このように、日系人が築いてきた遺産が「敬老」だ。 

 「敬老」には、日本文化に配慮した2カ所の長期療養施設、中間看護施設、老人ホーム(リタイアメントホーム)の4つの施設が整い、アメリカにいながら日本にいるような手厚いケアが日本語で受けられる。

 この「敬老」が営利目的の不動産会社に売却されようとしている。そうなれば、約600人の低所得層の高齢者が、クオリティの高いケアを失うことになる。

運営資金に対する意見の食い違い

 今回、「敬老」の売却に至った「敬老」側の理由はこうだ。低所得層が受けられる健康保険「メディカル(カリフォルニア州のメディケイド。州によって呼び名が異なる)」は、州ごとに支払いの割合が定められており、カリフォルニア州は、低所得者層の人口が5分の1という非常に高い率だ。このため、施設に高齢者の割合が高いと、州からの援助が少なくなり経費がかかる。

 また、入居当時に居住者は中間所得層でも、支払いを継続していくうちに、支払い能力がなくなっていく。現在の「敬老」には、これまでどおり支払能力がある居住者は、8分の1にとどまる。また、莫大な金額がかかるため、子どもが親を金銭面で援助することはできない(アメリカ《特にロサンゼルスなどの大都市》では、家族でも親と子それぞれが一家族ごとに経済面をやりくりすることが多い)。このため、現敬老理事は、「敬老」がそのすべてを背負うことができないと将来を懸念して、売却を申請した。

 しかし、「敬老」はコミュニティで不足分を補っていき、恒久的に存在するという理念のもとに設立された施設だ。このため、法律で義務付けられている公聴会の開催なしに売却はできないことになっている。ところが、カマラ・ハリス州司法長官が、公聴会を開催せずに売却を認めたのが、今回の争点だ。

 再吟味して欲しいと「敬老を守る会」が立ち上がった。マキシン・ウォータース下院議員とジュディ・チュー下院議員も、州司法長官が法律を無視して、「敬老」を私営の不動産会社へ売却することの中止を州司法長官に訴えるため、1月14日(木)午前10時から、ロサンゼルスにあるファースト・サザン・バプテスト・チャーチで、公開記者会見を開催した。

 ウォータース下院議員は、この問題について「3つのことに対して憤っている」と表現し、次のように述べた。まず、前述どおり関係者に対して公聴会を開くことなく、私営の不動産会社「パシフィカ社」に敬老を売却しようとしていること。2つ目は、売却した場合、約600人の居住者に対して、日本文化に配慮した今のクオリティと同じケアが保障されていないこと。3つ目は、敬老施設の費用が上がるかもしれないということ。「これは、断じて許されることではない」として、ウォータース下院議員は、昨年12月にボランティアの弁護士を雇用。さらに、法的処置を検討するために、非営利団体「ロサンゼルス法律扶助センター」や非営利の法律事務所「ベト・ツェデック」などと、交渉やリサーチを進めていると話した。

 「敬老を守る会」執行部のレイ・ハマグチ氏は、「寄付金や支援金もあり、財務上は健全。財務上の理由で売却するという理由は成り立たない」と指摘する。また、コミュニティが資金の不足分を補っていくということで設立しており、今後もそのように運営していくことになっていたと主張した。

 ジュディ・チュー下院議員は、連邦下院議員16人に売却を中止することの同意とサインを求め、公聴会の開催なく敬老の売却を認めた州司法長官に、書状を提出したと話した。さらに、「これは公民権の問題だ」と、「敬老を守る会」執行部のモー・ニシダ氏は話す。健康が保証される権利は公民が持つ権利で、これが享受できなくなるという問題に対し、日系人や日本人だけに限らず、アフリカ系アメリカ人や太平洋諸島出身者など、さまざまな人種約300人が、公開記者会見に関心を寄せた。

 質疑応答時には、「あなたがたの尽力をサポートするために何かできることはあるか」「これからも情報をアップデートしてほしい」など、日系人や日本人以外の人々からも「サポートしたい」という声があがった。ラテン系アメリカ人のガーデナ市議会議員、ダン・メディナ氏も、「売却の話を今日初めて知ったが、売却の中止に賛同する」と表明した。


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