コラムの時代の愛−辺境の声−

2016年2月2日

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藤原章生 (ふじわら・あきお)

毎日新聞記者

1961年、福島県生まれ。北海道大学工学部卒業後、住友金属鉱山に入社。89年に毎日新聞社に入り、ジャーナリズムの道へ。92年に外信部に所属し、 93年にメキシコ留学。帰国後の95年から南アフリカ・ヨハネスブルグでアフリカ特派員、2002年からは、メキシコ市支局長、ラテンアメリカ特派員。08年〜12年までローマ支局長。5 年半に渡るアフリカ特派員時代の取材を元にした著書『絵はがきにされた少年』(集英社文庫)で05年の開高健ノンフィクション賞受賞。著書に、『世界はフラットにもの悲しくて』(テン・ブックス)、『資本主義の「終わりの始まり」―ギリシャ、イタリアで起きていること』 (新潮選書)、『ギリシャ危機の真実 ルポ「破綻」国家を行く』(毎日新聞社)『翻弄者』(集英社)、『ガルシア=マルケスに葬られた女』(集英社)。

 カルテルの拠点がコロンビアから移った2000年代半ばからこの方、メキシコはコカインだけでなく、殺人をも抱え込む結果になった。07年に政府が始めたカルテル掃討作戦も殺人をあおった形だ。

 では、本題の残虐さはどうだろう。

 遺体損壊の統計はなく、ここから先は印象をもとにした仮説となる。つまり、メキシコ人の暴力は残虐なケースが多い、という印象だ。

 さまざまな事例から私が感じるメキシコの残虐さは、憎悪や怒りなど抑えようのない感情の爆発、というよりも、むしろ死体への軽視、遺体をもてあそぶような悪趣味だ。

遺体をおもちゃのように扱う

 殺すだけで済むものを、四肢を切断し、首を切り、車や物、時に動物の上に載せてみたり、歩道橋につるしたり。反カルテル運動の女性の腹を割いて内臓を出すといった行為は、敵対組織や一般人に恐怖を植え付ける意味もあるだろうが、遺体をおもちゃのように扱っているとしか思えない。

 マフィアはどこも残虐であり、メキシコだけの話ではない。戦争の残虐さはどの地域もひけをとらない。それでも、メキシコが残虐に思えるのは、加害者が遺体や殺害状況をネットで頻繁に誇示している点だ。

 ノーベル文学賞を受けたメキシコの詩人、オクタビオ・パスは「孤独の迷宮」でメキシコ人の死生観をこう記している。

 <ニューヨーク、パリ、あるいはロンドンの市民にとって、死は唇を焦がすからと決して口にしない言葉である。反対にメキシコ人は、死としばしば出合い、死を茶かし、かわいがり、死と一緒に眠り、そして祀る。それは彼らが大好きな玩具の一つであり、最も長続きする愛である(略)隠れも、それを隠そうともしない。もどかしさ、軽蔑、あるいは皮肉をこめて、死を正面から見つめるのである>(高山智博氏、熊谷明子氏訳)

頭蓋骨の形のお菓子を食べる

 メキシコでは毎年11月2日が「死者の日」で、いわば日本のお盆のように人々が墓や遺族の家に集まる。霊が戻ると言われる祭壇を派手に飾るまではいいが、他国ではまず見られない奇妙な習慣もある。頭蓋骨やその形をした模型をきれいに彩ったり、花火を仕掛けてみたり、その形のお菓子がよく売られ、大人も子供もそれをガリガリと食べる。ミイラ博物館の名物が、ミイラをかたどったアメ細工というのもメキシコならではだ。

 もちろん、人の死を人一倍悲しみはするが、死そのものをさほど重くとらえていない。死者を面白がり、笑い、食べてしまうような感覚が風習として残っている。

 メキシコの友人がこんな話をしていた。危篤状態にあった祖父を昔の友人が訪ねこう語りかけたそうだ。「悪いんだが今、俺は虫歯がひどくて、菌が入ったりするのもなんだから、君の埋葬式には行けないよ」

 それを真顔で話し、別れていったという。

 メキシコ人が死を軽視するのは、パスによれば、こんな理屈からだ。

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