定年バックパッカー海外放浪記

2016年3月6日

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高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年生まれの62歳。横浜生まれ、神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

[ベトナム・カンボジア・ラオス・タイ]
(2014.10.25-12.29 65days 総費用18万円)

国道1号線、夜明け前の雨中行軍

 11月4日 午前4時前の漆黒の闇の中、そぼ降る雨に気持ちが折れそうになりながら国道一号線を歩いていた。午前3時半に長距離バスの車掌役の少年に起こされてバスが停車したと思ったら「すぐに降りろ」といきなり国道の路肩の暗闇の中に放り出された。前日の朝8時ハノイのバス・ターミナルを出発してから20時間かけてフエ近郊にバスは到達したようだった。しかしフエで下車する乗客は私一人だけだったので、わざわざフエの町中のバスターミナルには寄らずにフエ近郊の国道一号線の脇に降ろしたのだろう。

水田が広がる現在ののどかな農村風景

 歩きだして10分もしないうちに雨がパラパラと降りだした。泣きっ面に蜂である。100円ショップで買ったビニール合羽を着こみ、バックパックにシートをかけてゴムロープで厳重に雨除けをする。事前にチェックした地図ではターミナルから南方面にフエの町があったので磁石を頼りに国道を南下。30分ほど歩くとトラックが停車していたのでドライバーにフエの町の方向を尋ねると反対側を指さした。引き返して国道を北上することに。どうにも不安なので途中で出会ったオートバイのお兄さんに聞くとやはり北を指さした。

 国道はたまにトラックが通り過ぎるだけで暗い。国道1号線はハノイからホーチミン(旧サイゴン)までの沿岸部を走る一本道である。ベトナム戦争では南北ベトナム両軍の補給路として使われ各所で激戦が展開された。小学・中学・高校と何年もの間、新聞には国道1号線をめぐる戦いの報道写真が毎日のように載っていた。ふと高校時代に登山のために同級生から借りた米軍放出品の寝袋を思い出した。同級生はワルぶって「これは立川で買った米軍放出品の寝袋だ。ベトナムで戦死した兵士の遺体を入れて立川基地まで飛行機で運んできたものだぜ。だから少しホルマリン臭いけど我慢しろよ」と脅かした。

 その後、商社勤めしているとき米国出張の機内で年増の客室乗務員とおしゃべりしていたら「以前はパン・アメリカン航空に勤務していたけど、ベトナム戦争のときは民間機も政府に徴発されて兵隊を輸送していたわ。だから立川や沖縄とベトナムを何度も往復したのよ」なんて話を聞いたことも思い出した。現在は国道1号線脇を南北統一鉄道が走っており海岸沿いの農村ののどかな風家が広がっている。

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