2024年4月20日(土)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2009年11月5日

 この川蔵鉄道について報道は、「地理的な条件が厳しいため、まず成都から南西へ下る康定までの区間を建設する」と伝えている。しかし、この成都~康定間の地理的条件の厳しさとて、生半可なものではない。

 敷設ルートの詳細は明らかになっていないが、成都から康定まではすでに自動車道路が開通しており、筆者は以前このルートを車で移動したことがある。まず、成都から、成雅高速道路で、雅安というパンダの生息地として知られる町へ出、ここから、かつて中国とチベットを隔てる「天然の国境」であった、海抜4000m級の山が連なる地帯を縫って東チベットへと入っていくのである。

 ちなみに、漢語で康定と表記される町は、チベット名をダルツェンドといい、すぐ近くには、かつては世界一の高山とされていたミニヤコンカがそびえている。一帯は、この山を中心に200kmもの山脈が走る、古来、難所中の難所として名高い地域だ。工事に伴う困難や、開通後のリスクは青蔵鉄道以上とも思われる。

 一方、そんな康定には昨年、空港もオープンしている。このときの中国メディアの報道は、「世界で2番目に高い標高4280mの地点に空港を建設した偉業」の称賛一色であったが、その中でやはり、4000mの滑走路が天然凍土の上に造られていることが伝えられている。

 アジアの大河と呼ばれる川のほとんどがチベット高原を水源としている。アジア十数カ国の「水がめ」であるチベット高原で、凍土の溶解を激しく促進させる、こうした工事ラッシュが将来、世界に及ぼす悪影響は計り知れない。

ナイーブな日本人と先軍国家の思惑

 チベット好きを公言するある日本の文化人は、青蔵鉄道について、「新幹線開通を歓迎してきた日本人が、中国のチベット鉄道敷設を批判する権利はない」と述べたという。日本の「平和的文化人」のナイーブさには愕然とさせられる思いだ。

 ソウルで五輪が開催される1988年以前、初めて韓国を訪れた筆者には忘れられない体験がある。金浦空港をバスが出発し、ソウルの中心街へ向かう道路を走行中、ほっそりと美しい女性ガイドさんはこういった。「まっすぐで広いこの道路は、北朝鮮との戦争になったら、ただちに中央分離帯を外して軍用機の滑走路になるのです」

 このとき、「この国は今も戦時下にあるのだ」と再認識させられ、加えて、そうした国のインフラは、「生活第一」の意図で建設されるものではないことを知った。現在韓国を訪れる日本人に、ガイドさんがこうしたことはいわないだろうが、依然、かの道路が、非常時には軍用に早代わりするものであることに変わりはない。

 中華人民共和国は建国以来、先軍国家である。昨年のラサ騒乱でも実証されたように、「いざ」というときには、戦車が街路を疾走するのに堪える仕様で主要な道路が造られている。ところが、チベット鉄道敷設を知らせる中国メディアの報道では、「周辺の少数民族地域の経済発展を促進させ、生活を向上させる」ことのみが強調されている。

 しかし、チベットへの鉄道敷設の主たる目的が、周辺の経済発展やお気楽な日本人観光客や文化人を運ぶことでないことを透けて見せる事実はいくつもある。

チベットへの鉄道は歴代指導者の「夢」

 最近刊行された書籍『約束の庭(ノルブリンカ)―中国侵略下のチベット50年』(風彩社)は、インドに本拠地を置くチベット亡命政府がまとめた、中国のチベット支配の実態記録である。1章分を割いて、チベット側から見た青蔵鉄道敷設の経緯、意味が詳しく書かれている。

 その中では、中国誕生のはるか前の清朝時代すでに、当時の政府と国民が、外国勢力による鉄道敷設を、自国の文化や主権を犯す行為だと考えて激しく抵抗した事実を例示している。


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