対談

「東大卒の保育士」がビジネスになる理由
AIは人類の敵か味方か? 新しい技術が経済にもたらすインパクトを考える(中編)井上智洋×飯田泰之

柳瀬 徹 (やなせ・とおる)  フリーランス編集者、ライター

1972年伊豆大島生まれ。企画・編集をした本に五十嵐泰正・他『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』、片岡剛士『アベノミクスのゆくえ』、久松達央『小さくて強い農業をつくる』、荻上チキ『災害支援手帖』、飯田泰之編『地域再生の失敗学』など。

対談

(画像:iStock)

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井上 重要になってくるのはこれからですね。AIロボットが人間の労働を代替したときに、そのロボットを誰が所有しているのか、という問題です。
みんなが等しく所有していれば、ロボットが作ったものをロボットが売って、人間は遊んで暮らすことができる。でも一部の資本家しか所有できないのであれば、遊んで暮らせるのは彼らだけ、労働者は職にあぶれて食うや食わずになってしまう。もしそうであるなら、なんらかの再分配政策が必要になるでしょう。

井上氏

飯田 生産手段の進化と独占は、ときに破壊的なインパクトを人類史にもたらしてきました。たとえばアジアのモンスーン地域にとって、米がもたらしたインパクトはとてつもなく大きかった。米はほかの作物と比べると格段に手がかからない。特に水田栽培の米は連作障害が出ないし、収穫量あたりの労働時間もほかの穀物よりはるかに低い。米に匹敵するのは、新大陸で作られるトウモロコシくらいなんだそうです。

 食料維持に奪われる時間が短くなると、食料生産に従事しない人が出てきて、王権や権力が発生する。皮肉なことですが、戦争をする余裕も生まれる。そして産業革命は、さらに生産に従事しない資本家を生みました。その後も技術が発達すると、工業から商業へと人が流れていきました。

 AIもまた、生産手段です。このあたりはほとんどマルクス経済学の世界ですが(笑)、技術革新は生産手段を持つ側、つまり資本家への資本分配率を上げることになるので、労働者との間に豊かさの大分岐が生じる可能性はとても大きいと思います。

文化や教養が人生の分かれ道になってしまうのか

飯田 ここまでの議論を「文化資本」、教養やスキルの面から考えてみます。20世紀までの技術革新では、その時点で必要とされる文化資本が最も少ない職業を機械が代替し、労働者はより文化資本を要求される職種へと移っていきました。炭鉱夫から工場労働へ、工場労働から技術部門や管理部門、事務や経理へという流れです。

井上 そうなんですよね。でも今後の技術革新は、文化資本の中間層を減らす圧力となっていく、ということですね。

中間所得層の労働がAIに代替され、が技術的失業者が肉体労働に移動する。今後、頭脳労働への移動を多くすることが課題となる。(井上智洋氏作成

飯田 この図の上から追い立てられて左側に逃げるのでは、全員の行き皿がなくなってしまう。下がり続ける賃金を取るか失業か、の二者択一になりかねない。創造的な労働はいわゆる「クリエイティブ職」よりももっと広義にとらえる必要はあるでしょうが、文化資本がないとほぼ就けないという問題は大きいです。

井上 身も蓋もない話ですが、本当にそうですね。

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著者

柳瀬 徹(やなせ・とおる)

フリーランス編集者、ライター

1972年伊豆大島生まれ。企画・編集をした本に五十嵐泰正・他『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』、片岡剛士『アベノミクスのゆくえ』、久松達央『小さくて強い農業をつくる』、荻上チキ『災害支援手帖』、飯田泰之編『地域再生の失敗学』など。

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