2024年4月19日(金)

この熱き人々

2016年4月20日

 繊維業界にも地方にも厳しい風が吹き続ける時代に突入し、佐藤にはもう東京に戻るという道はなくなっていた。逆風の中、曾祖父からの思いが繋がっている会社を潰すわけにはいかないという気持ちが芽生えたのかもしれない。しかし、どこに向かってどう走っていけばいいのかが見えない。そんな時、イタリアの紡績工場を見学する機会が訪れた。97年、30歳の佐藤は、フィレンツェの糸工場で世界が逆転するほどの大きな衝撃を受けたという。

 「自分たちはここで世界のファッションの元を作っているんだと、職人たちは誇らしげに言う。何言ってるの、所詮糸工場でしょと思ってしまう自分がいる。でも目の前の見たこともない糸に圧倒され、機械を触らせてもらうと、いろいろと改造されているんですね。糸を生み出しているのは機械ではなく、作りたい糸を考えている職人なんです。日本のものづくりは、何か根本が違っているんじゃないかと感じました。イタリアの誇り高い職人の姿に接して、自分のするべき仕事が見えたような気がしました。敷かれたレールの上で翻弄されながら走るより、レールを敷くのは自分たちだというところから出発しようと決めたんです」

 帰国後、佐藤は社員たちに宣言した。これからは自分の作りたいものを作ろう。トレンドや時代に追随するのではなく、ものづくりに対する職人の魂で立ち向かおう。失われていた原点さえ取り戻せば、寒河江のうちの工場だってできるんだと力説した。

 「みんな私を子どもの頃から知ってるから、正樹ちゃんイタリアに行っておかしくなっちゃった、って感じでなかなかまともに受け取ってもらえなくてね。もうそれからは、『プロジェクトX』というか『下町ロケット』みたいになっちゃいました」

 この機械でこんな糸ができないか。特殊な糸を編めないか。佐藤の必死の呼びかけは「できない」「編めない」とすべて否定される。

 「何で? と聞くと、できない理由を一生懸命説明するんです。変わったものを作るには特殊なギアが必要で、それがないからダメだという。じゃ鉄工所に頼んで作ってもらおうよ。すると、ギアが作れてもギアボックスに入らないから無理。だったらギアボックスを外せばいい。床にぶつかって入らないなら床を削ればいい。この息子はどうしようもないってみんな思っていたんだろうけど、もうひたすら言い続けました」

現場が生まれ変わった

 3カ月ほどたった頃。50代半ばの技術職のトップが、佐藤の机の上に糸が巻かれた筒をドンと置いた。ところどころに玉のような膨らみがあって、不規則なグラデーションのかかった見たこともない不思議な糸だった。佐藤は、その糸を「マグマ」と名付けた。まさに地下深く押し込められた職人の魂の炎が噴き出したような糸。佐藤繊維が、生まれ変わった瞬間だった。


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