2024年4月18日(木)

この熱き人々

2016年4月20日

寒河江から発信するものづくり

 いいものを正当に評価してくれる人たちが、世界には確かにいる。職人たちからものを作る喜びも誇りも奪って何がものづくりといえるんだと、佐藤は嘆く。作る喜びこそがものづくりの原点。衰退産業といわれる業種が生き残るために必要なのは、安易に助けを求めたり、時代の流れに乗ろうと焦ったりすることではなく、衰退という逆風に真正面から立ち向かおうとする情熱と知恵とそれを支えるポリシーだと信じている。

 今、寒河江の佐藤繊維には日本中から若い人材が集まってくる。

 「販売は東京が拠点にならざるをえないけれど、生産拠点も企画もプロモーションも全部この寒河江でひとつになるというブランディングができれば、こんなに強いものはない。地方に開発者も職人もパタンナーもデザイナーも集中させて、ものを触りながら楽しみながら新しい産業に育てていく。そんなビジョンを共有できれば、若い人は地方にやってくると思います」

カラフルなニット地で作ったディスプレイやアパレル製品が並ぶショールーム

 燃えるような信念を語る佐藤のもとに、1枚のファックスが届けられた。若い社員が「技能五輪全国大会」の洋裁部門で金賞と銅賞を獲得したという知らせだった。社内に歓声が上がり、佐藤の表情もほころぶ。社員の数はおよそ百名。梳毛(そもう)紡績糸、特殊紡績糸の製造・販売。ニット製品、オリジナルブランド製品の製造、卸、販売と、原料から製品までそれぞれの分野で若手社員が着実に育っている。そして、佐藤は世界の農家を回って、ときには生活をともにしながら羊や山羊を探し求めている。

 「南アフリカ、スペイン、イギリス、オーストラリア……それぞれ自然環境も違うし、育て方も違う。世界基準になんか収まらない。それぞれの特徴を生かした糸を作り、製品を作っていきたいんです。イギリスに真っ黒な羊を探しに行ったとき、霧で出会えずに帰ろうとしたら霧が晴れて群れが目の前に。もう感動しちゃって」

 この感動が、ナチュラルな黒い毛のウールになり、イタリア最高峰のメンズの展示会に出品される予定だという。

 オフィスと工場が一体になった建物の隣に、昨年オープンした石造りの複合商業施設「GEA(ギア)」がある。厳しい北の地で、佐藤繊維とともに生きてきた建物は、むき出しの大谷石の壁や店内の古い紡績機や歯車のディスプレイが、斬新な空間を創り出している。1階は世界のブランドのセレクトショップ、2階にM.&KYOKO(エムアンドキョウコ)ブランドなど、佐藤繊維のオリジナル商品が展示されている。色とりどりの糸を組み合わせた編み地で作られたテントのようなディスプレイは、糸たちが笑いながら会話しているよう。服からアクセサリーまで多岐にわたるニット製品には、糸の限りない可能性と楽しさがあふれていた。

(写真・中庭愉生)

さとう まさき/1966年、山形県生まれ。文化服装学院卒業後、アパレルメーカー勤務を経て2005年に家業の繊維会社を継ぐ。世界各地の山羊や羊の生息地を訪ね、個性的で高品質の糸を次々と作り出して注目を浴びる。2009年、世界唯一の極細モヘア糸と特殊紡績糸の開発で、第3回ものづくり日本大賞経済産業大臣賞を受賞。
佐藤繊維ホームページ:http://satoseni.com/

  
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◆「ひととき」2016年4月号より

 


 


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