足立倫行のプレミアムエッセイ

2016年3月26日

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足立倫行 (あだち・のりゆき)

ノンフィクションライター

早大政経学部中退後、週刊誌記者などを経てノンフィクション作家に。近著に『血脈の日本古代史』(ベスト新書)『倭人伝、古事記の正体』(朝日新書)。

 〈又(また)同じ場所に来てゐる蟇(ヒキガエル)〉 稲畑汀子

ヒキガエル(iStock)

 我が家の庭の片隅に、畳3分の1畳ほどの小さい池がある。そこに毎年3月中旬のころ、冬眠を終えたヒキガエルが生殖、産卵にやってくる。

 今年は屋根と雨樋の工事をしたので、池の上に金網と透明なビニールを被せた。中のメダカとエビを埃から守るためである。

 ところが、工事が終わり、ビニールと金網を撤去すると、水中の水草に絡んでゼリーの紐状のヒキガエルの卵塊が横たわっていた。

 しまった、やられた、と思った。

 ゼリーの紐の中には白灰色の楕円形の卵が並んでいるが、そのうち幾つもが黒い球状になって尾も出ている。

 金網の下に潜り込み生殖、産卵したのは2、3日前か。工事の進捗に気を取られ気がつかなかった。あやうくあと数日で、何十ものオタマジャクシが生まれ出るところだった。

 私はすぐに柄杓と金挟みで卵塊を池の外に撤去し、ついで池の水を少しづつ減らしながら、用意した3つのバケツに水と水草(オオカナダモ)と池の生物を移し替えた。ヒキガエルの被害を受けないよう、念のためである。

 メダカは日本の小川や湖沼でもっとも一般的な黒メダカ。エビも関東から西日本にかけてどこにでもいるヌマエビ。子どものころ、故郷の小川に普通にいた遊び仲間たちだ。

 どちらも十数匹で、搬入した時からあまり増えていないが、少数の成体を除いた残りがエビもメダカも1センチくらいの幼体サイズなのを見ると、ロクに餌もやっていないのに何とか世代交代をしているらしい。「ビオトープ」と呼ぶのもおこがましいちっぽけな生息空間ではあるけれど、今年もどうにか存続できそうでホッとした。

 それにしても不思議なのは、毎年同じ時期にかくも小さな水場にヒキガエルが必ず集まってくることだ。生まれた場所だから戻ってくるのか、驚異的嗅覚で水場を探しあてるのか、生態的な理由はよくわからない。

 メダカやエビを飼い始めたのは5年ほど前からで、それ以前は長い間池に生き物はいなかった(孫たちが露店で取った金魚を放したことがあるが、一時的なものだった)。落葉で埋まり、水すらなかった時期もある。

 ところが、冬も水を張るようになった5年前から春先に交尾中のヒキガエルを見るようになった。多い時には日に3匹も4匹も。

 まさに、〈春水の底に大蟇三重に〉川端芽舎、である。

 その度にタモ網で掬い、移動させた。3ブロックほど離れた畑の隣の空き地や、近所の中学校の裏手の道路の側溝、ゴルフ場のそばの公園脇の草むら、などである。

 一番多かったのは2014年春、8日間で実に17匹のヒキガエルを捕獲した。

 近くの団地に大きな池があるのになぜそちらに向かわず我が家の小池なのか?

 生き物は好きだが、あまりに理不尽なので、昨年から最初のヒキガエルを見つけ次第、直ちに水を抜いて池干しをし、中のメダカとエビをバケツに移すことに決めたのだ。

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