チャイナ・ウォッチャーの視点

2016年3月29日

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西本紫乃 (にしもと・しの)

北海道大学大学院公共政策学連携研究部付属公共政策学研究センター研究員

1972年広島県生まれ、広島大学大学院博士後期課程単位満了退学、元外務省専門調査員(在中国日本国大使館)。著書『モノ言う中国人』(集英社新書、2011年)。

 そして、極めつけは『習総書記は彼の悪い習慣を改めさせた(習総書記譲他改変壊習慣)』だろう。湖北省で中国琴の先生をしている自称歌手の羅秋紅さんのこの曲は、

 「♪これまで私の友人はレストランで私をおごってくれる時に野生のカモや魚など高価な食材を使ったメニューを注文していた/今では、モヤシや大根の料理を注文するようになった」

 と反腐敗運動の成果が下々の人々まで及んでいることを実感を込めて歌った歌だ。羅さんの素人っぽい歌声と、素朴な歌詞がなんともいえない味わいを醸し出している。

コンテンツの大衆化政策に潜むリスク

 「習ターター」ソング流行について、良識のある一般の中国人は概ね、「気味悪ぅ」、「最悪ぅ」という反応だが、歌の作り手の時代遅れの純粋さや、あるいは目立ちたい欲求を感じ取って、歌の作者や歌い手を「わぁ、香ばしい」と面白がっている側面もある。いずれにしても、国家指導者個人を称賛という歌の本来の意図とは真逆の結果だ。

 近年、中国政府はインターネットに対する規制強化をする一方で、より大衆目線に立ったソフトな情報発信に取り組んでいる。例えば、若者言葉を多用してネット上で党の宣伝を繰り広げる80年代生まれの周小平を重用したり、「朝陽工作室」、「復興路上工作室」といったベールに包まれた謎の組織名義で、フラッシュアニメを使った政治宣伝のコンテンツを製作して次々に公開している。

 中国では今日、既に6億2000万人がスマートフォンで日常的に情報に接するようになっている。スマートフォンの小さい画面では、より短くて分かりやすい情報が好まれる。情報は音声や画像であったり、単純化し、記号化されたものの方が人々に受け入れられやすくなる。そうした情報環境の変化を考えると、中国政府が新たに始めた庶民にも分かりやすい政治宣伝も環境の変化にいち早く順応した政策だといえる。

 ただ、単純化された情報は読み手の理解の自由度も高まる。受け手が記号に別の意味を持たせて、さらに拡散させることもある。人々が記号から読み解く意味が政治的に白か黒かを判断するのもより困難になる。

 時代錯誤の国家指導者に対する個人崇拝も、一見「まるで文革時代」のように見えるが、50年前と違うのは、人々のその意味の取り方、読み解き方が違っているという点だ。かつてのように、情報に意味付けをする主導権は党と政府の側にはもはやないのだ。この点を読み誤ると、習近平主席は裸の王様になってしまうかもしれない。


  
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