華麗なるハリウッド映画

2016年5月1日

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川尻勝則 (かわじり かつのり)

アメリカ・クラシック映画研究家

1937年、長崎県生まれ。早稲田大学第1文学部を卒業後、出版社に勤め勤務先の仕事柄、米国出版界やアメリカ・マスコミ論を学びまた学生時代から趣味だったハリウッド映画とその産業の歴史の研究を続け今日に至る。著書に、ハリウッド映画の黄金時代の細部を究明した『ハリウッド物語ー去年(こぞ)の雪、いま何処』(作品社)がある。

 当初は6回も続いた2年間に1回の授賞式という変則的な第1回目のアカデミー賞の授賞式はルイス・B・メイヤーの招待状を手にしたアカデミーメンバー36人と100ドル払って入場したゲストの約270人が参加しての表彰式だった。

第84回アカデミー賞の場に姿を見せたブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリー。アカデミー賞の舞台裏ではスター達の攻防が繰り広げられている(iStock)

 最初に挨拶したのはアカデミー賞のキー・メンバーのルイスB・メイヤー。「お陰様でやっとアカデミー賞がスタートできました。芸術性とビジネスの両面が両輪となっていい映画が生まれるものと信じています」。

 第1部がパーティー形式の夕食会。第2部の最初にアカデミー賞のメンバーや組織や規則についての説明があり次にオスカー授与に移り会長のダグラス・フェアーバンクスが受賞者にオスカーを手渡している。簡単・簡素であっという間に終わってしまっていたがこれから先のハリウッド映画が世界に羽ばたけるように夢と希望がいっぱい詰まった注目すべき事業だったことには間違いなかった。

たった4人で決められた受賞者

 会員の誰がどんな風に投票して決めたのかは知るとなんとも恐ろしい思いもするが、メインの4部門の作品、監督、主演の男女優に関してはたったの4人の会員の投票で決められていたのだ。主演男優賞にはドイツの大物役者、エミール・ヤニングス(ハリウッド短い滞在中、ジョセフ・スタンバーグと息が合いぜひドイツで一緒に映画を作らないかとの話が実りあのヤニングス、ディエトリッヒ主演の「嘆きの天使」が生まれている)、女優賞がジャネット・ゲイナーだったこともありアメリカ国籍を持たないドイツ人、そしてアカデミーの会員ではなかったジャネット。もろもろの条件があったにしろ第1回アカデミー賞は国境の差別もない極めてグローバルな賞として話題になっていた。

 アカデミー賞の歴史をチェックしてみると果たしてシステマティックに行われていたのかと言えば、かなりのスキャンダルもある。4000枚の投票用紙がミス配達、事前に55個のオスカー像が盗まれたことが見つかった時の協会役員の驚き様は大変だった。

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