「子縁」でつながる秋津地域のお父さん 

2016年5月5日

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岸 裕司 (きし・ゆうじ)

秋津コミュニティ顧問

1952年東京生まれ。広告・デザイン会社の(株)パンゲア代表取締役、習志野市立秋津小学校PTA会長時に秋津コミュニティ創設、会長を経て現在顧問兼秋津小学校コミュニティルーム運営委員会顧問。文部科学省委嘱コミュニティ・スクール推進員、学校と地域の融合教育研究会副会長、埼玉大学・日本大学非常勤講師、ほか。著書に『「地域暮らし」宣言』『学校を基地にお父さんのまちづくり』(ともに太郎次郎社エディタス)、『学校開放でまち育て』(学芸出版社)など。

 記事にある写真――笑顔の子どもたちが住民やがれきの撤去に携わる自衛隊員らと遊ぶ姿に「ほっ」と温かくなりました。

 で、学校が避難所になったことは、これまでに耐震化が90%以上の学校で体育館を含めて進み耐震性が高いためです。

 いっぽう、文部科学省が4月21日に「地域住民の避難場所としての学校施設等の安全性の管理・確保等について(依頼)」の通達を熊本県などに出したためでもあります。

 また、東日本大震災後の2013年に改正された「災害対策基本法」でも「指定緊急避難場所」を同法第49条の4で、以下のように自治体の首長が事前に指定しておくことを義務づけているからでもあります。

 「指定緊急避難場所は、災害が発生し、又は発生するおそれがある場合にその危険から逃れるための避難場所として、洪水や津波など異常な現象の種類ごとに安全性等の一定の基準を満たす施設又は場所を市町村長が指定する」と。

学校の避難所生活は
普段からの学校と住民との協働が大切

 で、初期段階の避難所生活は、水や食料確保、また災害の生々しい体験の恐ろしさや先行き不安などからのメンタルヘルスや感染症の予防などが喫緊の課題です。お風呂にも入りたいですし……。

 でも、避難所生活が長期に及ぶようになると住民自治力が問われるようになります。

 同時に、学校と住民との普段からの交流や授業・行事などの協働が進んでいたか、いなかったか、が決定的に重要であることがはっきりしています。

 そのことは、東日本大震災で実証されています。

 東日本大震災後に避難所になった学校の40校の校長に、仙台市は調査をしました。

 半分の20校は「学校支援地域本部」を設置している学校で、20校は「学校支援地域本部」の未設置校です。

3.11東日本大震災後の仙台市内の学校が避難所になった際の運営調査データ 
出典:仙台市教育委員会2011年

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