赤坂英一の野球丸

2016年5月24日

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 使い古された言い回しだが、リオデジャネイロ五輪ではこの選手に「3度目の正直」を期待したい。2008年北京、12年ロンドンに続いて、3大会連続で出場を決めたトライアスロンの上田藍(32歳=ペリエ・グリーンタワー・ブリヂストン・稲毛インター)だ。

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センターポールに日の丸を掲げたい

 藍ちゃんという愛称で親しまれた上田も、女子3人(ほかに男子の34歳の田山寛豪が代表入り)の中ではいまや最年長のベテランとなった。それでも、19日の会見では「私はまだ自己ベストを更新しています。世界のトップ15人を見ても8人が30代。私自身、いま一番脂が乗っている時期だと思う」と力強くコメント。「センターポールに日の丸を掲げたい」と、堂々の金メダル獲得宣言も行った。

 そればかりか、リオでゴールテープを切るイラストをその場で描き、詰めかけた報道陣に披露。さらに、五輪後に開かれる天皇皇后主催の園遊会に招かれることまで想定し、手描き友禅の職人である両親(父・守男さん、母・ひとみさん)が上田のために新しい着物をつくったというエピソードまで明かした。

 上田を知らない人には、いささか舞い上がっているように映るかもしれない。しかし、そうした突飛に見える言動のすべては、本番でベストの力を発揮できるようにするためのイメージトレーニングの一環なのである。私が初めて上田を取材した12年の1月、夏にロンドン五輪出場を控えていた彼女は、もう優勝したつもりで「おかげさまで金メダルを獲りました! ありがとうございます!」と語る〝未来の自画像〟を描いていたものだ。

 両親が手描き友禅の職人だけあって、上田の絵のうまさも玄人はだしだ。京都の実家は2階の8畳2間が工房になっており、上田は小さいころからそこで黙々と絵筆を走らせる親の姿を見ながら育った。親のほうも将来は家業を継がせようと考えていたのか、小学生のころは絵画教室に通わせていたという。

 しかし、上田は中学に進むと持ち前の身体能力の高さを発揮、水泳部で活躍する傍ら、ときには陸上部の助っ人として駅伝にも出場していたほど。このころから近所の知り合いや学校の友達に、「藍ちゃんは将来、トライアスロンをやればいい。好きな競技がみんなできるんやから」と言われていたそうだ。

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