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2016年5月31日

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エドワード・ストートン、BBCラジオ4

今年の米大統領選挙を予測するのはあまり意味をなさないが、ある程度の確信を持って予想できることがひとつある。次期大統領は環太平洋経済連携協定(TPP)への反対を公言するだろう。TPPは今年2月に米国を含む12カ国が署名した貿易協定だ。

2016年の選挙運動で飛び交う保護主義的な論調は大きな分岐点だ。政治的かつ経済的に重大な影響を米国だけでなく世界に与えるかもしれない。

実業家ドナルド・トランプ氏はこれまで一貫して、自由貿易協定に反対してきた。保護主義的な主張は、共和党候補の指名獲得を確実にした同氏の大衆主義的な選挙運動の中核をなしている。

「我々は強盗にあった貯金箱みたいなものだ」。トランプ氏は今月、インディアナ州で開かれた支持者集会でこう語った。「我々の国を中国がレイプするのを、これ以上続けさせてはいけない」。

同様の主張は、イデオロギー的には対極にある人たちも口にする。

社会主義者を自認するバーニー・サンダース上院議員(バーモント州選出)は今年、「2001年以来、米国で6万の工場が閉鎖された。その多くは破滅的な貿易協定と関係している。もし大統領に選ばれたら、この国の貿易協定を根本的に書き換える」と語った。

ヒラリー・クリントン前国務長官でさえ、高まる保護主義の風に船の帆の向きを合わせている。バラク・オバマ大統領の一期目には国務長官としてTPPを支持した。大統領選の候補となった今、クリントン氏はTPPについて「学んでいる」と語り、「これまで分かった内容では賛成できない」とした。

こうした政治的主張の背後にある経済的現実は、ペンシルベニア州スティールトンのような場所に来ると明白だ。

スティール(鉄鋼)から名前が取られた町の経済は、1860年代からずっと鉄鋼業で成り立っていた。しかし今、静かに流れるサスケハナ川に沿って延々と連なる製鉄所から、音は聞こえてこない。町の中央通りでは、ひと気のない店や板で窓が閉ざされた事務所が虫食いのように点々としている。

それでも負けずに営業を続ける「クイグリーズ・レストラン」のオーナー、アル・クイグリーさんにとって、誰のせいかなのかははっきりしている。「外国から輸入された鉄鋼製品が鉄鋼所を立ちいかなくさせたんだ」。

クイグリーさんが店を開いたのは1952年。当時は「スティールトンには6000人余りの労働者がいて、週7日、毎日3シフトで働いていた」という。今は、「だいたい600人いて、1日2シフト。週末は休み」だ。

製造業の雇用減少に対する大衆の怒りの矛先は、あるところにまっすぐ向けられている。2001年、中国が世界貿易機関(WTO)に加盟し、2ケタの経済成長率を実現しつつあった巨大経済が世界貿易体制に加わった。

それによって経済的な調整が多少起きるのは誰でも分かっていたが、古典経済学の理論によれば、スティールトンのような場所の雇用は犠牲になるものの、輸出が新たな雇用を創出する。さらに、競争が価格を低く保つので、全員の利益になる。

だが、世界有数の学術機関のマサチューセッツ工科大学(MIT)による最近の研究では、現実の展開はかなり異なるという証拠が挙げられている。2001年以来の中国との競争で打撃を受けた伝統的製造業の地域では、経済回復にかかる時間は想定よりもずっと長く、失われた仕事を新しい雇用が埋め合わせることはなかった。

MITのデイビッド・オートー氏は、「医療サービスや小売と違って、製造業は特定地域での集中度が高い」と指摘する。「そのため、痛みが増幅される。製造業で働く人にとっては直接的な経験だが、同じ地域に住む人々にとっても間接的な影響がある」。

ペンシルベニア州の製造業者協会のデイビッド・テイラー会長は、共和党主流派の一人だ。ほかの主流派同様、トランプ氏に自分たちの党がハイジャックされたと、憤慨している。

「もう15年も警鐘を鳴らしてきた」とテイラー氏は語る。「誰も聞きたがらない話だった。全国委員会の指導部は何も手を打たなかった。(中略)トランプは大嫌いだ。しかし不幸なことに、目を引くこの問題は、ほったらかしにされたせいで、ああいうデマゴーグに利用された」。

実のところ、保護主義は共和党の血の中に長年流れるものだ。1870~1880年代にかけて党は保護主義をめぐって分裂していた。同じ世紀のしばらく前には、英国でも同様にトーリー党を分裂させたように。共和党はその歴史の大部分にわたり、保護主義的な思想を抱えてきた。

大恐慌時に、貿易戦争のきっかけとなり状況を深刻化させた元凶とされる、悪名高きスムート・ホーリー法(1930年)は、共和党議員たちが支持し、共和党の大統領が署名した。

そして保護主義は、米国政治で重要な位置を占めるもうひとつの言葉、孤立主義との関連が深い。

ワシントンのブルッキングス研究所で統治を研究するシニアフェロー、ビル・ガーストン博士は、「保護主義と孤立主義は2つで一組だ」と指摘する。今の米世論は次のような論調だとガーストン氏は言う。

「軍力を展開し、何兆ドルもつぎ込み、幾多の命も失われたが、何も結果が出ていない。我々を利用するだけの連中を相手に、外交を実践しようとしている。そして世界経済に参加したのは、大企業や支配層にとってはとてもよかったが、それ以外のみんなにとっては、それほどでもなかった」

ワシントンの事情通の投資家によれば、冷静な分析では依然として、11月の大統領選で勝利するのはクリントン氏だ。そしてクリントン氏はいざ当選すれば、本来の本能的な自由貿易志向に戻ってTPP支持に回る――というシナリオが有望だという。

しかしもちろん、選挙戦の真っただ中にクリントン氏がそんな真似をするはずがない。さらに、貿易全般をめぐる幅広い議論が保護主義に傾いただけに、就任早々にTPP批准をごり押しするのにはリスクが伴う。

父ブッシュ政権で通商代表を務めたカーラ・ヒルズ氏は、TPPは「米国の指導的立場にとって非常に重要だ」と指摘し、もし実現できなければ「報復的措置が横行し、不法状態に陥る」と警告する。

自由貿易を強く支持する前出のMITのオートー氏も、ヒルズ氏と同様に警告する。中国との競争で米国の労働者が支払った多大な犠牲に関する研究が大きな反響を呼んだ、その人なのだが。

「世界経済は第1次世界大戦が勃発するまで非常に統合されていた。そして突然、門戸が閉ざされた」とオートー氏は語る。「(貿易戦争が起きたら)とんでもないことになる。だからといって、起きないとは限らない」。

スムート・ホーリー法とは

・1930年の施行。2万以上の物品について輸入関税を引き上げた。50%以上引き上げられたものもある。

・当初は、輸入農産物から米国の農家を守るのが目的だったが、幅広い産業の輸入品に対象が広げられた。

・フーバー大統領に法案に署名しないよう求める請願書に経済学者らが署名したが、大統領は署名し、法案は成立した。

・米国の貿易相手が報復措置として米国からの輸入品に対して関税を課することにつながった。

(英語記事 Why is the US turning to protectionism?)

提供元:http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-36415035

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