野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2016年6月23日

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 天安門事件の記念館を訪れた。6月3日だった。翌日は天安門事件の記念日である。さぞ多くの人々でごった返しているのかと思ったが、そうではなかった。日本の香港研究者の方々と一緒に訪問したのだが、ほかに観に来ている人はパラパラと数人いるぐらいだった。香港人は朝寝坊なので、訪れた時間が午前10時という早い時間帯ということもあったかも知れない。27年前に起きた天安門事件に対する追悼をあえて行う必要はないと考える「本土派」と呼ばれる若い世代の台頭も影響しているのかもしれないと思い至ったが、そのあたりはあまり拙速に判断して牽強付会になっても良くないだろう。

天安門事件を風化させないために

六四記念館(筆者撮影以下同)

 記念館の正式名称は「六四記念館」である。天安門事件の記憶を風化させないため、民主派の団体「支聯会」が2014年に九龍地区のビルに開設した。その後、ビルの管理者とトラブルになり、ビルからの立ち退きを余儀なくされている。この2年間で2万人が訪れたといわれる。今回の天安門事件記念日の6月4日を最後に閉館するとの観測も流れたが、次の移転先が見つかるまで当面は現在の場所に留まるそうだ。立ち退きの背後には中国サイドの圧力があったと見る向きもある。ビルの入口では、「ビルの安全管理のため」という理由で、記念館に訪れた人は氏名と身分証番号の記載を求められる。私など外国人はどうということはないが、香港人には心理的な圧力を感じる人はいるだろう。

 この記念館では、天安門事件の際に犠牲となった学生たちの着ていた血染めのシャツやヘルメットの展示にも当然興味は引かれたが、それ以上に、香港人が中国本土の出来事に対して、少なくとも天安門事件がおきた1989年以降、いかに強い関心を持っていたかという事実を展示から痛切に感じさせられた。

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