個人美術館ものがたり

2010年1月18日

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赤瀬川原平 (あかせがわ・げんぺい)

画家、作家

1937年、神奈川県生まれ。60年代にネオ・ダダイズムなど前衛芸術運動に参加。80年「尾辻克彦」名の『父が消えた』で芥川賞を受賞。『散歩の学校』『昭和の玉手箱』『千利休 無言の前衛』など著書多数。

すぐそばには勇壮な唐津城と、澄んだ海、白い砂浜、青々とした松並木の景勝……。
創設者による、亡き父への深い感謝の思いがこめられた美術館は、
夭折の天才画家ゆかりの地であり、秋祭りのくんちでにぎわう町に建っています――。

 河村美術館は唐津にある。城下町である。美術館のある辺りには静かな邸宅が並び、かつて石炭王といわれた高取邸*も、すぐ近くにある。その向うは海で、保養地的な場所でもあるのかもしれない。(*旧高取邸。石炭王として成功した高取伊好〔これよし、1850~1927年〕の旧宅。約2300坪もの広大な敷地に建つ近代和風建築で重文。一般に公開されている。)

 この美術館のいちばんの特徴は、青木繁の作品を20点所蔵していることだ。カルタ絵などの小品も含む。青木繁の生涯は28年8カ月と短く、夭折という言葉でまず思い浮かべる画家だ。

 道路から石段を少し上って美術館のドアを開けると、入口ホールで何人かがチェロの練習をしているので驚いた。大きな楽器から、未だ未完成の音が、低く伸びたり縮んだりしている。ここでときどきアマチュアのコンサートを開いているらしい。

 その音の脇を通って、2階の展示室へ行く。壁は竹を模したというカマボコ形の有田焼のタイルで覆われ、階段は諫早の石、床は唐津の石を加工したものだ。

 展示室は四つに分かれるが、その一室が青木繁の展示に当てられている。まず目にしたのは「ランプ」という水彩画。はじめて見るが、妙に引きつけられた。地味ではあるが、何かしら、風格のようなものがあるのだ。あるいは気品といってもいいかもしれない。青木19歳の、残存する作品の中ではいちばん若い時のものだ。昔のランプが一つ、この時代はもう電灯だと思うが、ランプスタンドの中ほどにはガラスの球体の部分があったりして、それ自体魅力的な物品なのだろう。

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