それは“戦力外通告”を告げる電話だった

2016年7月5日

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高森勇旗 (たかもり・ゆうき)

元プロ野球選手

1988年生まれ。富山県高岡市出身。中京高校から2006年横浜ベイスターズに高校生ドラフト4位で入団。田中将大、坂本勇人、梶谷隆幸やと同学年。12年戦力外通告を受けて引退。ライター、アナリスト、マネジメントコーチなど引退後の仕事は多岐にわたる。

 09年シーズン終了後にトレードで北海道日本ハムファイターズに移籍。1軍で登板していただけに、期待されていたが、早々に指先をけがしてしまった。これが引き金となり、以降は肩やヒジの故障を繰り返した。移籍してから3年目の12年、この年での戦力外通告は誰の目にも明らかだった。

 「戦力外通告が迫り、腐って辞めていく選手を何人も見てきた。俺は最後の最後まで野球選手らしくあることを決めていた。辞め方は俺にとってとても重要なことだった」

 松家にとってプロ野球選手とは、どんな状況でも高みを目指し続ける人。たとえ「クビ」が差し迫り、それに気付いていたとしても、最後まで戦い続けた。そして同年10月、球団から戦力外通告を受けた。同じ日、日本ハムはリーグ優勝を果たした。テレビから流れてくる仲間たちの歓喜の中で、「野球を諦めきれない」松家の野球人生は、いったんの区切りを迎えた。

 「日本ハムに行って、内部で人を育てないと組織は成長しないとわかった。外から人をとるのは限界がある。人の育成、教育。その領域にすごく興味があって、魅力を感じていた」

 松家は現在、香川県立香川中央高校で教員の職に就いている。引退後、通信課程で地歴公民科の教員免許を取得。15年度香川県教員採用試験を受験し、見事合格を果たした。

 「東大受験のときと同じくらい勉強したよ」。笑いながら語るが、その年の採用が松家1人だったことを見ても、いかに狭き門だったかがわかる。

 「大学生のときは、〝都落ち感〟があり、香川で仕事をすることなど、考えていなかった。だけど今は『俺が変えればいい』と本気で思っている」

 熱を帯びた声が、誰もいない職員室に響き渡る。

 「香川県知事や、香川県をけん引する人間を育てる。香川県を内部から変えていく。それが今の目標」

 周囲の人間には笑われるという。しかし、東大に行くと言ったとき、プロに行くと言ったとき、教員になると言ったとき、そこにはいつも笑う人間がいた。その度に、「闘志」で切り開いてきた。それは、決して答えのある世界ではなかった。

 「教員、めっちゃオモロイで!」

 松家は前のめりになって話を続ける。職員室の外では、部活動の掛け声が響いていた。(敬称略)

  
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◆Wedge2016年7月号より

 

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