足立倫行のプレミアムエッセイ

2016年7月9日

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足立倫行 (あだち・のりゆき)

ノンフィクションライター

早大政経学部中退後、週刊誌記者などを経てノンフィクション作家に。近著に『血脈の日本古代史』(ベスト新書)『倭人伝、古事記の正体』(朝日新書)。

 「史上最強のボクサー」と称されるモハメド・アリが、6月3日に敗血性ショックで死亡した。74歳だった。

 引退後パーキンソン病に罹り30年以上闘病生活を送っていたのは知っていたが、息を引きとったのがアリゾナ州フェニックスの病院(自宅もアリゾナ州)と聞き、にわかに20代の頃の思い出が甦った。

アリゾナで見たアリ対ジョー・フレイジャー戦

 ニューヨークのMSG (Madison Square Garden )から送られてくる、アリ対ジョー・フレイジャー戦の実況中継を、アリゾナ州フェニックスのコロシアムに吊るされたテレキャストという大スクリーンで観戦したのは、1971年の3月8日のこと。

 私は22歳だった。フェニックス市から車で1時間ほど離れた町の郊外で、土地開発会社のアルバイト作業員をやっていた。仕事はサボテンだらけの土地の整地、住宅建設などだが、

 今回は「テレビ中継しない世紀の一戦」だからと作業員全員が経営者から1人10ドルの観戦券をプレゼントされ、そろってフェニックスに繰り出したのだ。

 結果は、予想外だった。それまで負けたことのないアリが敗れたのである。

 アリは3年半もリングから遠ざかっていたせいか、フットワークが重く、パンチはしばしば空を切った。「蝶のように舞い、蜂のように刺す」華麗さはうかがえなかった。

 対して現役のヘビー級王者は、「スモーキン・ジョー」の異名のごとく、機関車のようにエネルギッシュだった。アリを何度もロープ際に追い詰め、鋭い連打を放った。

 そして、最終15ラウンド、ジョーの左フック一閃、カウント4のダウンを食らったのだ。仲間の白人作業員をはじめ、会場を埋めた多くの白人観客たちは大喜びだった。

アリがダウンしたことに熱狂する観客。1971年3月8日、ニューヨーク・マディソン・スクエア・ガーデン(AP/Aflo)

 「ニガーのくせに」傲岸不遜な「ビッグマウス」の鼻っ柱をへし折ってやった、と感じたのだ。しかもアリは、元チャンプといっても懲兵拒否の罪でヘビー級王座を剥奪された「非国民」だ。「わけのわからない」イスラム教の信徒でもある。

 私はしかし、我々の席の前に陣取っていた少数の黒人観客たち同様、アリのファンだった。アリはベトナム戦争に反対し、「何の罪も恨みもないベトコンに、銃を向ける理由がない」と言っていた。「ベトナムに送られるのは、なぜ黒人が30%で、白人が10%なんだ」とも述べており、私は彼が正しいと思った。

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