土のうた 「ひととき」より

2016年8月10日

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恩田侑布子 ( おんだ・ゆうこ)

俳人

1956年生まれ、俳人。樸(あらき)代表。句集に『イワンの馬鹿の恋』(ふらんす堂)、『振り返る馬』(思潮社)、『空塵秘抄』(角川学芸出版)。2013年、俳句評論集『余白の祭』(深夜叢書社)で第23回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。2014年、コレージュ・ド・フランスなどフランス各地で講演を行う。

ルネサンスの響き

 じゃり道はなつかしい。鵠沼の広い空の下を、通りから小路の奥のお宅までいっしょに歩いた。初対面なのにほんわかした風につつまれる。

 「60年前に藤沢市内から越してきて、ずっと住んでます」

藤沢市で生まれ育った佐藤さん。自宅兼陶房からほど近い鵠沼海岸には、早朝からたくさんのサーファーたちが集まり波を待つ

 和室のちゃぶ台を囲むと、昭和の匂いがした。硝子(がらす)戸を透かして陶房のある庭が見える。佐藤和彦さんといえば、天馬空(てんばくう)をゆく作域の広さで知られる。その奔放な想像力はどこからくるのだろう。

 「幼稚園から毎日勇んで帰りました。メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲が聴きたくて」

 3歳のコスモポリタンが生まれていた。ドイツ語の翻訳をしていた父上はクラシックSP盤のマニアだった。手を引かれて東京へ遊びに行く時なぞ、藤沢駅を発つや、和彦クンはベートーベンの「運命」をジャジャジャジャーンと口遊(くちずさ)み始めたそうな。電車の揺れを伴奏に、第2楽章、第3楽章へ。とうとう最終楽章まで旋律をさらってしまうと、いいあんばい。東京駅に着いたものだ。

さとう かずひこ/1947年、神奈川県生まれ。
東京藝術大学大学院在学中に藤本能道、田村耕一に師事、修了作品がサロン・ド・プランタン賞を受賞。大学院修了後、自宅に築窯し、手びねりを中心とした作陶を続ける。湯河原do陶芸館館長

 「ちょっと1曲」

 目を丸くしているそばから、赤ん坊を膝にのせるように、ふしぎな楽器に手を伸ばす。

 「スペインの古楽器、ビウエラです。友だちの画家が作ってくれました」

 12弦を張ったやわらかなひょうたん型の楽器から、淡水真珠のような音色がこぼれた。ルネサンスのふくよかな雲にさそわれるよう。古雅な調べにうっとりしていると、今度はクラシックギターを抱いて「禁じられた遊び」を聴かせてくれる。東京藝術大学ギター部の元部長でもある。ここは仙窟だろうか。焼きものを見る前に憂さを忘れてしまった。

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