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1万回の体当たり―タックルマン石塚武生 炎のメッセージ
大元よしき著
元日本代表、伊勢丹や早稲田大学ラグビー部、常総学院ラグビー部での監督など「勝つこと」にこだわり続けてきた石塚氏が数年前から取り組んでいたのが、小学生、そして少年院の子供たちを対象にした「タグラグビー」。己に厳しく、人に優しい人柄は、子供たちから大人気だった。本書は、常に感謝と利他の心を持ち続けた石塚武生氏の「生きた証」であり、その熱い生き様は、閉塞感に満ちた現代社会へのメッセージでもある。
<書籍データ>
◇四六判並製、180頁
◇定価1260円(本体1200円+税)
◇2010年1月20日発行
◇四六判並製、180頁
◇定価1260円(本体1200円+税)
◇2010年1月20日発行
<著者プロフィール>
大元よしき(たいげん・よしき)
スポーツ・歴史ライター。
1962年東京生まれ。東洋大学卒業。高校時代(保善高校)からラグビーを始め、2、3年時に全国大会に出場。大学卒業後も東急ストア、ミノルタを通じて17年間現役でプレー。弓道三段。現在、株式会社パッションキッズ代表取締役。NPO法人ヒーローズ理事。
著書に『ファイナルマッチ ~ノーサイドの時を迎えて』(大元夏樹名で発刊・文芸社)、『8人のキーマンが語る「ジャパンラグビー革命」』(上田昭夫氏との共著・アスペクト)、『一緒に見上げた空[自閉症児×元不登校児]武蔵野東ラグビー部の軌跡』(扶桑社)などがある。
<立ち読み>
はじめに
2008年8月の菅平。合宿中だった常総学院監督の石塚武生氏と夕食を共にする機会があった。夏の日差しに、まるで焦げているのかと思うほど日焼けした顔。
周りの話を聞いているのか、いないのか(失礼!)、目の前のピザを美味しそうに次々とおなかの中へしまい込む。さすがに真夏の合宿中、エネルギーの大補給といったところだろうか、元ジャパンは、食べっぷりもやはりジャパンだった。
時折り見せる笑みが「話はちゃんと聞いているよ」という表れだ。ひとたびグラウンドを離れれば、そこに、えもいわれぬ、ほわぁとした空間を作り出す人なのである。礼儀正しさ、物腰の柔らかさ、目じりの笑い皺が石塚氏の優しさと奥ゆかしさを物語っている。
ひとしきり話が途切れたときに、石塚氏は話題を変えた。
「タックルマンも元日本代表のキャプテンも昔のことなんだ。すべては『元』で語られるんだ。ボクは過去に生きてるんじゃない。今のことを本にできないかな」
私は即座に手伝わせてほしいと伝えたところ、
「そのつもりで相談しているんだよ。60歳までに出せればいいからさ、ゆっくりやろう。よろしく頼むよ」
予期せぬ話に驚きながらも、「石塚さんの本を書けるんだ」と子どものように胸が躍った。それは、私が高校1年生でラグビーを始めたとき、一番最初に憧れた日本代表選手が石塚氏だったからだ。あれから30年も経って、こんな縁に恵まれるとは私は幸せものだと思った。
だが、その年の11月下旬のこと、石塚氏から「本の件で相談したいことがあるんだ」と突然連絡をいただき、都内で会った。
「60歳までに、と思っていたけど時間がないかもしれない」
「どういうことですか」
「ボクの体はあと2年くらいしかもたないかもしれない……。だから本作りを始めてくれないだろうか。石塚武生が生きた証を残しておきたいんだ」
えっ、生きた証とは……。
淡々とした口調ながら、その内容に驚き、しばし返す言葉を失った。
なぜこんなにお元気そうなのに、そんなことを言うのだろうか……。
これが正直な私の気持ちだった。それを察したように、
「体がきついんだ。いつまでグラウンドに立っていられるかわからない。立てなくなる前に、彼ら(常総学院ラグビー部)を花園(全国大会)に連れて行ってあげたい。でも、ボクの体にそれほど時間があるとは思えない。だからどちらも急ぎたいんだ。頼む」
それは真正面から届いたあまりにも重いパスだった。
「始めましょう」
私はそう応え、年明けから取りかかれるよう仕事を調整すると約束をした。
(続きは本書でお読み下さい)
はじめに
2008年8月の菅平。合宿中だった常総学院監督の石塚武生氏と夕食を共にする機会があった。夏の日差しに、まるで焦げているのかと思うほど日焼けした顔。
周りの話を聞いているのか、いないのか(失礼!)、目の前のピザを美味しそうに次々とおなかの中へしまい込む。さすがに真夏の合宿中、エネルギーの大補給といったところだろうか、元ジャパンは、食べっぷりもやはりジャパンだった。
時折り見せる笑みが「話はちゃんと聞いているよ」という表れだ。ひとたびグラウンドを離れれば、そこに、えもいわれぬ、ほわぁとした空間を作り出す人なのである。礼儀正しさ、物腰の柔らかさ、目じりの笑い皺が石塚氏の優しさと奥ゆかしさを物語っている。
ひとしきり話が途切れたときに、石塚氏は話題を変えた。
「タックルマンも元日本代表のキャプテンも昔のことなんだ。すべては『元』で語られるんだ。ボクは過去に生きてるんじゃない。今のことを本にできないかな」
私は即座に手伝わせてほしいと伝えたところ、
「そのつもりで相談しているんだよ。60歳までに出せればいいからさ、ゆっくりやろう。よろしく頼むよ」
予期せぬ話に驚きながらも、「石塚さんの本を書けるんだ」と子どものように胸が躍った。それは、私が高校1年生でラグビーを始めたとき、一番最初に憧れた日本代表選手が石塚氏だったからだ。あれから30年も経って、こんな縁に恵まれるとは私は幸せものだと思った。
だが、その年の11月下旬のこと、石塚氏から「本の件で相談したいことがあるんだ」と突然連絡をいただき、都内で会った。
「60歳までに、と思っていたけど時間がないかもしれない」
「どういうことですか」
「ボクの体はあと2年くらいしかもたないかもしれない……。だから本作りを始めてくれないだろうか。石塚武生が生きた証を残しておきたいんだ」
えっ、生きた証とは……。
淡々とした口調ながら、その内容に驚き、しばし返す言葉を失った。
なぜこんなにお元気そうなのに、そんなことを言うのだろうか……。
これが正直な私の気持ちだった。それを察したように、
「体がきついんだ。いつまでグラウンドに立っていられるかわからない。立てなくなる前に、彼ら(常総学院ラグビー部)を花園(全国大会)に連れて行ってあげたい。でも、ボクの体にそれほど時間があるとは思えない。だからどちらも急ぎたいんだ。頼む」
それは真正面から届いたあまりにも重いパスだった。
「始めましょう」
私はそう応え、年明けから取りかかれるよう仕事を調整すると約束をした。
(続きは本書でお読み下さい)
<目次>
序章 53歳の転機。最後のチャレンジ
成長なき勝利に意味はない/神さまが応援してくれるチーム など
第1章 石塚武生の原型
三男坊で一番弱虫だった/我が道に出合う など
第2章 再生の道
指導者として/敗北と挫折 など
第3章 プライド
再出発/感謝の心/人の目、心の目 など
第4章 タグラグビーで全国行脚
もみくちゃのタックルマン/かけがえのない一瞬 など
第5章 少年院で体当たり!
一期一会/レッツエンジョイ タグラグビー など
終章 生きる力
遙かなる花園/親父の願い など
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