2024年4月24日(水)

オトナの教養 週末の一冊

2016年7月15日

 考えてみれば今ほど国境や境界を考える好機もないかもしれない。イギリスではヒト、モノ、カネ、サービスの移動の自由の結果、大量の移民が流入したことが国民投票でEU離脱を選択する一因となった。アメリカではトランプ氏がメキシコ国境に巨大な壁を作る、などと発言している。中国は南シナ海で傍若無人な海洋進出を続け、周辺国の怒りを買っている。「ボーダレス時代」と言われながら、実はボーダーを強く意識する方向に世界が回帰しているともいえる。

ボーダースタディーズの意義

 著者はボーダースタディーズ(境界研究)についてこう述べている

 〈国際法、地理学、国際関係論、政治学、経済学、人類学など人文・社会科学系の他領域にわたる学問領域と言える〉

 〈だが国境や境界の問題群が比較や連関を可能とする一つの学問体系として、地域や歴史を越えて成立しうると見なされることは、これまでほぼなかったように思う〉

 従来の地域研究を発展させた新たな学問分野であるが、日本ではこれがスラブ・ユーラシア地域の研究から誕生してきたという指摘は興味深い。同時に、アメリカのワシントンなど東海岸の政策研究者たちに国境問題やその重要性に対する意識が欠けているという指摘は、いかにも自国中心主義のアメリカという印象である。

 筆者はこう記す。

 〈「ボーダースタディーズとは何か。アメリカの州境の研究をするのか」と言われた時はさすがにショックだった。カナダ、メキシコなど「弱い隣国」との関係を国際関係でなく、自国の国内問題の延長でとらえる思考は、ユーラシアの少なからぬ諸国が国境に多くの関心を払い、その安全保障や経済的インパクトからしばしば国際行動を規定するなどと到底思うはずもない、という私の感覚を確信に変えた〉

 アメリカの研究者のこうした狭い意識はともかく、欧州の研究者など国境・境界問題に高い意識を持つコミュニティもあり、それがアメリカの研究者も巻き込んで広く関わりあってゆく様子は意義深い。考えてみれば、アメリカのヒスパニック問題やメキシコ側から見たアメリカの存在などは境界研究そのものであるからだ。


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