BBC News

2016年7月16日

トルコのユルドゥルム首相は16日、軍の一部によるクーデターは鎮圧したと発表した。将官を含む兵士2839人を逮捕したという。トルコでは15日夜、軍の一部がクーデターを試み、国営放送TRTのアナウンサーに「全権掌握」「戒厳令施行」と声明を読み上げさせたほか、首都アンカラや主要都市イスタンブールで橋や道路を封鎖するなどした。

ユルドゥルム首相は、クーデター未遂を「トルコ民主主義の黒い染み」と呼び、161人が死亡し、1440人が負傷したと述べた。

16日朝には、イスタンブールのボスポラス橋を封鎖していた兵士たちが、手をあげて投降する様子がテレビ中継された。

アナドル通信は、アンカラの軍本部から武装解除された兵士約200人が警察に投降したと伝えた。

クーデターの首謀者は明らかになっていないが、大統領はクーデター発生直後から、「平行機構」が支持したものだと批判。「平行機構」とは、米国在住の宗教家で社会運動家、フェトフッラー・ギュレン氏率いるヒズメット運動を意味する。国営アナドル通信も、ヒズメットを支持する「フェト」グループによる反乱だと伝えていた。

しかしこれに対してギュレン氏は声明で、関与を全面否定。「トルコの軍事クーデター未遂を最大限に」非難すると表明した。

ダンダル参謀総長代行は、クーデター未遂に参加したのは主に空軍、軍警察、装甲部隊の将校・兵士だったと述べた。反乱勢力に拘束されたアカル参謀総長は解放されたものの、複数の軍幹部がまだ捕えられているという。

クーデターを謀った軍の一部は15日夜、イスタンブールのボスポラス海峡にかかる橋2本を封鎖し、国営テレビTRTを占拠。トルコの世俗主義の民主主義と法の支配の伝統を、現政権が蝕んだと批判し、新憲法の公布を約束し、戒厳令を外出禁止令の施行を表明した。さらに、「平和会議」が国を統治すると発表した。

南西部のリゾート地で休暇中だったエルドアン大統領は急きょイスタンブールに戻り、16日未明にはテレビ会見で「反逆行為」で、クーデター関係者は「重い代償を払う」などと非難した。

エルドアン大統領は記者会見で、クーデターの首謀者たちを「テロリスト」と呼んだ。「戦車を乗り回す連中はもといた場所に戻ることになる」と述べ、軍の「大掃除」を約束した。また自分が休暇を取っていた南西部マルマリスの町も爆撃されたと述べた。

しかしエルドアン大統領はイスタンブールに戻る前にも、CNNトルコが放送した携帯電話の動画やツイッターなどを通じて、「トルコ国民は広場や空港に集まってほしい。人民の力より上位の力など信じたことはない」と述べ、市民に外出禁止令に背き屋外に出るよう呼びかけた。

イスタンブールのタクシム広場など各地で多くの市民が、クーデターに抗議。広場で大きな爆発や銃声が何度か聞かれたという情報もある。アンカラの国会議事堂や大統領宮も爆弾攻撃を受けた。

反乱勢力はCNNトルコの放送局を一時占拠し、自分たちの放送に使おうとしたため、放送が一時中断した。CNNトルコは後に、警察に逮捕される兵士たちの様子をツイートした。

アンカラ上空を跳んでいた反乱勢力のヘリコプターは、政府軍に撃墜された。

16日朝になっても、アンカラとイスタンブールでは散発的に銃声が聞こえたという。

ユルドゥルム首相は16日未明の時点で、NTVテレビに対して、情勢はほぼ掌握したと発言。首都アンカラ上空を飛行禁止空域に指定し、反乱側のヘリコプターなどは撃墜するよう軍に指示したなどと述べた。

首相はこのほか、NTVに電話で「軍の指揮系統を外れて、違法行為をとったグループが軍内にいた。民主主義を傷つけるいかなる行為も我々は容認しないと、国民は承知してもらいたい」と述べていた。

オバマ米大統領はトルコの人たちに、「民主的に選ばれた政府」を支援するよう呼びかけた。

北大西洋条約機構(NATO)は、トルコの民主機構を「全面的に尊重」するよう求めた。

クーデターの背景は――BBC中東編集長ジェレミー・ボーウェン

トルコでクーデター未遂が起きたのは、ひとつにはエルドアン大統領による国の改革について国民が深く割れているから。さらには、シリア内戦による暴力に汚染されているからだ。

エルドアン大統領と与党・公正発展党(AKP)は、選挙を勝つのが得意だ。しかし、民主主義をいつまでも重視するのかどうかは、常に疑問視されてきた。

エルドアン氏はイスラム主義の政治家で、現代トルコにおける世俗主義の伝統を拒否してきた。強権的な統治手法は日に日に強くなり、大統領権限をさらに強化しようとしている。

エルドアン政権は発足当初から、シリアの反アサド勢力を支援し、シリア紛争に深く関わってきた。しかしシリアの暴力は国境を越えて広がり、クルド労働者党(PKK)との対立が再燃。加えてトルコは、「イスラム国」を自認する聖戦主義者たちの標的にもなった。

こうしたことのせいで、トルコでは社会不安が続いている。国内の混乱は拡大を続け、大統領失脚を狙ったクーデターが未遂に終わっても、トルコの混乱は終わらない。

トルコの軍事クーデター

・1997 軍部の圧力によりイスラム主義者のネジメッティン・エルバカン首相が辞任。

・1980 1970年代に続いた右派と左派の武力対立の末、軍参謀総長が行政権を掌握する無血クーデターが発生。

・1971 軍部の圧力を受けて内閣総辞職。戦車を出す代わりに書簡で辞任を促したことから、「書簡クーデター」と呼ばれる。

・1960 陸軍の指揮系統から外れた青年将校たちが、選挙で選ばれた民主党政権崩壊。

(英語記事 Turkish President Erdogan appears in Istanbul to denounce army coup attempt)

提供元:http://www.bbc.com/japanese/36813734

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