障害と共に生きる~社会で活躍するチャレンジド

2016年8月12日

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初瀬勇輔さん

遂に自殺未遂まで……

 ある大吹雪の日、学校からの帰り道に「この吹雪の中で倒れこんでしまえば死ねる」と思いました。人通りもない田舎だったからです。寒さも何も感じませんでした。でも、結局凍死寸前で発見されて自殺未遂に終わりました。

 自分が助けられたことを知ったときは、生きていて良かったとはとても思えませんでした。明日から、またあの辛い日々が始まるんだと思うと 、涙も出ないほど悲しかったです。

初瀬 自殺未遂まで……。辛かったですね。でもその気持ちはわかるんですよ。

 僕は23歳で視力を失ったのですが、入院手続きや準備まではすべて自分で行えたのですが、手術を終えて眼帯を外したときに「あれ? なんで見えないのだろう???」と思ったのです。

 はじめは手術の直後だから見えないのかと思っていたのですが、1週間経っても10日経っても、視力は戻らず見えないままでした。歯を磨くことも、お箸を使ってご飯を食べることもできませんので、携帯なんて使えない。本も読めませんし、画面の見えないテレビなんて面白くもない。自分では何ひとつできない、楽しめない状態になってしまったのです。

 だから、手術を終えたあとは「死にたい、死にたい」と毎日母親に言い続けていました。すると母が、「そんなに死にたいなら、私もいっしょに死のう」と僕に言ったのです。この言葉が胸に重くのしかかってきましてね、「これ以上、苦しめる訳にもいかないし、母まで死なすわけにはいかない」と思いました。でも、僕にはそんな母親の顔もわからなくなってしまったのですが。

 松森さんは自殺まで図りながら、その辛さをどう乗り越えたのですか?

松森 毎日泣いている私を見ていた父親が、「お前の涙を見ていると、いっそのことお父さんの耳も聞こえなくなってしまえばいいと思う。できることなら、お父さんが代わってあげたい」と紙に心情を綴ってくれました。でも、その最後に、「でも、もし自分が同じ立場なら、絶対に乗り越えるぞ」とも書かれていたのです。父親のその一言が、私を支えてくれました。

初瀬 背中を押してくれる、お父さんの一言があったのですね。

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