障害と共に生きる~社会で活躍するチャレンジド

2016年8月12日

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見た目では耳が聞こえないことはわからない

松森さんのお話に聞き入る初瀬さん

 ところで、授業はどのように受けていたのですか?

松森 自殺未遂から1カ月間くらいは図書館登校をしながら、様々な本を読みあさりました。静かな時間でした。自分と同じような境遇の人の本を読んだり、自分のアイデンティティを確立していくような内容の本を探して読んでいました。

 その後、ある先生から「見た目では耳が聞こえないことがわからないから、周りの子も先生たちも、どう接したらいいのかわからないんだと思う」と言われたのです。それで初めて気づいたのですが、それまでの私は聞こえないことを隠して、自分だけが苦しんでいると思っていたんです。でも、それを周りの人にきちんと伝えなければわからないことがわかって、すぐに校長先生のところに伺いました。

 耳が聞こえなくなって混乱していることや、この先どうすればいいのかわからないことなど、心の中にため込んでいたことを全てお話をしたんです。そうしたら、すぐあとの授業の先生が、「紙に書いたほうがいい?」と私のところに来て聞いて下さったのです。校長先生にお話ししたすぐ後ですから、とても嬉しかったのを覚えています。

何かを変えたければまずは自分から動くこと

 もっと早い段階でお伝えしておけばよかったんです。でも当時はひたすら聞こえないことを隠し、みんなと同じくすることに一生懸命でした。

 それからは、わからないときは1対1で補講をしてもらったり、読んで分かる資料を作って下さったりと、もうびっくりしました。「何かを変えたいと思ったら、まず自分から動くことが大切なんだ」と学びました。

初瀬 あぁ、それもよくわかります。僕もまったく同じ思いを経験しています。大学時代に視力を失って、それからはマンツーマンで授業をしていただいたり、文字が読めないので、試験に友達を一人つけてもらって、口頭で試験を受けさせていただきました。

 社会には優しい人が多いんですよ、気づいていないだけなんです。思いを口に出してみたり、行動してみて初めてそれに気が付くんです。目が悪くなったことで人の優しさに気づきましたし、優しい人が多いことにも気づきました。

松森 自分の中に閉じこもっていては気づけないことなんですね。私は耳が聞こえなくなってから親友と呼べる友達ができました。友達とは筆談という方法でコミュニケーションを取り戻していきましたが、当時交わした筆談のメモは、宝物として今でも大事にしまってあります。

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