障害と共に生きる~社会で活躍するチャレンジド

2016年8月12日

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障害者と出会うことで変わった障害との向き合い方

笑顔の絶えない対談

松森 自分の障害を受け入れられるようになったのは、筑波技術短期大学に入学してからですね。自分以外の聴覚障害の人たちの存在を知ってからです。

 耳が聞こえなくても、勉強して、就職して、恋愛して、結婚して、生きていく上で、モデルになるような先輩方と出会うことによって、「自分だってできる」と思いました。

初瀬 自分以外の人と接すると、障害を客観視できますから、自分と障害の向き合い方が変わってきますよね。僕の場合は、視覚障害者柔道大会に出たときに、目が見えなくてもみんなが楽しそうにしていたから気持ちが楽になりました。

 ところで、大学では何を学んだのですか?

松森  私はデザイン学科でした。一般科目では、聴覚障害学といって、聴覚障害を医学的、生理学的な視点からとらえ、聴覚障害の教育や歴史、言語、補聴器の扱いを学びました。デザインの専門的な分野としては情報伝達方法論に興味をもちました。外見で分からない「聞こえない障害」や「そのバリア」をどうしたら、聞こえる人たちにわかりやすく伝えられるか、伝える手段の多様性を学びました。それは自分の聴覚障害を客観視することだったのです。

初瀬 卒業後オリエンタルランドに就職されますが、在学中どのようなキッカケが?

松森 大学の講義の中で、「東京ディズニーランドを10倍楽しむための提案」という研究がありました。

 ディズニーランドの中で聞こえないことによって、楽しめないことは何か? その解決方法を考えて提案するという授業です。最終的にはオリエンタルランドの重役や社員の前でプレゼンテーションし、それによってディズニーランドもバリアフリーに取り組むようになりました。提案が少しずつ形になっていくのを見ることが楽しかったです。

 それまでの私は聞こえないことでの不便さやバリアに対して、もどかしさと怒りの感情をもっていたのですが、それらを前向きな言葉で提案すれば、社会は変わっていくんだということがわかったのです。

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