あの負けがあってこそ

2016年8月11日

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ライフセービング日本代表の植木将人さん

 「いま振り返っても、僕の完全な勝ちパターンに入っているんです。良いかたちでスタートすることができて、フラッグまでの20メートルの全てをリードしていたんです。ダイブして、『勝った“世界一”取ったぞ!』とフラッグを掴む瞬間まで勝利を確信していました。でも、僕の手にフラッグはありませんでした。掴んだはずのものが、消えていたんです。信じられなかった。なぜだ? ……と理解するまでに少し間があったと思います。悔しさといっしょに手の中になかった感触が、いまでもリアルに残っています」

 決勝で競った相手はニュージーランド代表のベンジャミン・ウイルス。

 試合後、ビデオで確認すると確かに体感していたように植木が終始リードしていた。しかし、植木よりもウイルスが一瞬速くダイブし、直後に植木がダイブするというタイミングのズレがあった。そしてウイルスはリーチを生かして、いち速くフラッグを掴んだ。それも植木が掴もうとする、その上を抜くようにして。

 全ては舞い上がる砂の中で起こったマジックのような一瞬だった。植木将人29歳の夏である。

“あの負け”の要因

 「ほんの一瞬でも『勝った!』と思ってしまったところに負けた要因があったのかな。これが世界一の壁なのか、と痛感させられました。その2年前の世界大会の時も日本代表の北矢宗志はニュージーランドの選手と争って、やはり勝てずに準優勝でした。僅差なのにその壁が越えられない。それが世界一というものなんでしょう。長かった世界大会までの道程も、そこで味わった悔しさも、全てはその後のレスキューアスリートとしての自分に繋がったと考えています。

 もしあの世界大会で優勝していたら、僕は競技者としてのライフセーバーからは引退していたと思います」

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 植木将人 1978年神奈川県横浜市に生まれる。

 植木とライフセービングの最初の接点は、高校3年の夏に参加した海浜実習の際、指導員として参加していた日体大ライフセービング部員と出会ったことだった。

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