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2016年8月4日

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ピッパ・スティーブンズ、BBCニュース、ロンドン

英イングランドとウェールズで、性労働者による客の勧誘を合法化しようという動きが出ている。売春の勧誘が違法とされたのは200年近く前。もし合法になった場合、売春業に向けられる世間の目は、地殻変動と言っていいほどがらりと変わる可能性がある。しかし今、ロンドンで体を売るとはどういうことなのか。

英議会では先月、有力議員らによる超党派のグループが売春の勧誘を合法化するべきだと訴え、売春関連法の抜本的な改正を求めた。

ロンドン市内で推定3万2000人とされる性労働者にとって、これは喜ばしいニュースに違いない。売春という職業が犯罪扱いされるせいで性労働者たちの安全は脅かされていると、支援団体は指摘する。

ジェニー・メドカーフさん(47)は2004年、当時の恋人の提案で売春を始めた。

ダラム大学を卒業し、保険数理士として働いていたが、生活は苦しく、3人の子育てにかかる費用とロンドン近郊サービトンに構えた家のローンに追われる日々だった。

結婚生活がうまくいかず、「いまひとつ」の恋人たちと次々につきあった末に出会った相手の手引きで、「BDSM」と呼ばれる世界に入った。拘束、調教、支配、服従、サディズム、マゾヒズムをまとめて表す略語だ。

「とにかくお金が必要だった」と、ジェニーさんは振り返る。「経済的な必要を満たすために性労働の世界に入ろう、ビジネスとして割り切れるはずだと、理性的に決断したつもりでした」

当初は元恋人がスケジュールを組み、初めての客にも立ち会った。

インターネット上に広告を出し、ホテルや相手の自宅へ出向いたという。

「いわゆるありがちなエスコート嬢ではなかった。私はとてもやせていて髪が短く、胸もぺちゃんこで男の子のようだったけれど、BDSMのサービスが売り物だった」

ジェニーさんは今、アルコール中毒の治療中だ。売春業による心身の苦痛から逃れようと、薬物も使ったという。

売春を続けて5年が過ぎた頃、もうやめたいと自覚した瞬間があった。

「相手の男が私をおりに入れ、外からむちを当てようとしていた。私は相手を大声で罵倒した。男はそれからも私に会いたがったけど、2度と会わなかった。それが転機だった」

「仕事のせいで私はボロボロだった」

すべて自分でコントロールできているという思い込みは「完全に消え去り」、自分を憎むようになっていた。

街角に立つ多くの女性と同じように、ジェニーさんも客に呼び出されたその足でなじみの密売人のところへ通った。しかし客を2時間相手した後のジェニーさんが買うのは10ポンド(約1400円)分のクラック・コカインではなく、300ポンド分の覚せい剤だった。

事態はやがて手に負えなくなった。督促が怖くて郵便物を開けられない日々。ローンの返済が追いつかなくなり、ついに家を失ってしまう。家とともに3人の子どもたちと飼っていたネコ、そして全ての持ち物を失った。

自殺未遂を起こし、再び薬を使ったり酒に逃げたりした末に、ジェニーさんは1人の男性と出会い、その人と結婚する。この男性が辛抱強く支えてくれたおかげで、生まれ変わる力を手にしたと言う。

回復中のある朝、起きると同時にパッと思いついた。依存症を抱える性労働者たちに力を貸したい、と思い立ったのだ。

ジェニーさんはロンドン南部トゥーティングで慈善団体「スパイアーズ」のボランティアを始めた。今では指折りの優秀なメンバーだ。夜の街に出て、売春している人を見つけ、手を差し伸べる。そのほとんどが女性だ。

街に立つ女性が性行為のフルサービスで受け取るのは20ポンド前後。わずか5ポンドということもある。

ジェニーさんは女性たちに暖かい衣服やお菓子、ポテトチップ、コンドームを差し出し、支援を提供する。ジェニーさんや同僚が彼女たちを訪ねる先は時に病院だったり、刑務所だったりする。真夜中に駆け付けることも多い。

「私は女性たちのために戦っている。同じ年の人も何人かいる。彼女たちは私そのものだけど、まだ渦中にいるので」

「彼女たちを女性として尊敬している。女性として愛している。今よりずっと素晴らしい存在になれるのが、私には分かる」と、ジェニーさんは力を込める。

スパイアーズが支援する女性200人のうち、13年には7人、15年には10人が売春業から抜け出した。

一方、性を売る仕事には良い面もあると言う人もいる。

アリスさん(仮名)は、ロンドン中心部のアパートで個人の売春業を営む30代女性だ。かつては大規模な政府機関でプロジェクト・マネージャーを務めていた。売春を始めたのは7年前だ。

「現金が足りなくて」困っていた時、友人が売春ウェブサイトを紹介してくれたのだという。

アリスさんが性を売る相手は男性、女性、カップル、そして高齢者や障害を持つ人々とさまざまだ。親密な交流や「肌と肌」の触れ合いは「私たちを良い気持ちにさせてくれる、自然で生物学にかなった手段」だと、アリスさんは話す。

中産階級に育ったアリスさんにとって、この仕事は当初、「驚くべき発見」だったという。

「大好きな趣味を楽しんでお金をもらえるなんて信じられなかった」と、アリスさんは振り返る。

友人たちやほとんどの家族、そしてアリスさんが「生涯の恋人」と呼ぶパートナーも仕事のことは承知しており、「全面的に受け入れている」という。ただし最初のうちは、アリスさんの身の危険を案じていた。

これまで暴力に遭ったことはないとアリスさんは言う。ただし、愛着の強過ぎる客から嫌がらせを受けることはたまにあった。

売春の仕事にまつわる悪いイメージのせいでいやな思いをすることはあるものの、アリスさんの客は「感じの良い普通の人たち」だという。

「私は助け出してもらう必要なんかない」と、アリスさんは付け足した。

アリスさんやジェニーさんのような話は、英国内の各地で繰り広げられている。

性労働者への暴力撲滅を掲げるNUM基金と英リーズ大学が15年に実施した調査では、回答した性労働者のうち71パーセントが、その前は医療、社会福祉、教育、保育や慈善事業の分野で働いていた。

NUM基金の幹部、アレックス・ファイス・ブライス氏は、こういう人が増えている理由のひとつとして、公的機関や慈善団体の働き口が減ってきたことを挙げる。

同氏によると、売春業は時間の融通がきくという利点もある。

調査は14年11月から15年1月にかけて実施された。回答者240人のうち45パーセントは、別の仕事を持ちながら売春をしていた。

「最近増えているのは、個人で売春する人がストーカー行為や嫌がらせの被害に遭うケース。14年から15年の間に発生件数が188パーセントも増えた」と、同氏は指摘する。

困窮した状況や身元を隠さなければならない事情に付け込んだ相手から、パートナーや勤務先に知らせると脅迫されることが多い。

性労働者支援の事業予算は削減傾向にあり、状況はかなり厳しくなっているという。

もちろん、ロンドンの街では今も性が売られている。1990年の大ヒット映画「プリティ・ウーマン」でジュリア・ロバーツが演じたコールガールの姿は、際どいファッションの華やかな売春婦というイメージをあらためて浸透させた。しかし、「ストリートウォーカー」と呼ばれるロンドンの性労働者には、およそそのような面影はない。

街角で性を売る女性たちはむしろ友だちか親戚のおばさんか、母親のような外見のことが多い。夜通し街に立つのは寒いので、たいてい暖かい服に身を包んでいる。そしてメディアで見かけるようなとがったハイヒールではなく、履き心地の良い靴を履いている。

濃い化粧もあまり見かけない。

ロンドン警視庁のクリスティーン・ジョーンズ警視長によると、性産業で働く女性の多くにとって、強要された、ほかに選択肢がなかった、弱い立場に追い込まれたから――などが売春を始めた理由だ。

警視長は、需要を作り出し、暴力や反社会的な行動を持ち込んでくるのは客の側だと言う。だから女性たちのケアを「全ての中心」に置くよう心がけているという。

ロンドン警視庁の「最優先課題」は、女性を搾取し買春する人間を取り締まること。女性たちを捕まえることではない。「これを広く知ってもらうのは、とても重要なことだ」と、ジョーンズ氏は強調する。

しかし性労働者の自助団体、イングリッシュ・プロスティチュート・コレクティブ(EPC)の報道担当者、ローラ・ワトソン氏によると、現実はそこまで割り切れる話ではないようだ。

警察は今でも、性労働者を取り締まっているとワトソン氏は指摘する。

「女性たちが警官に追いまわされる事例はいくつもあり、私たちは抗議しているところだ」という。

ワトソン氏が支援する女性たちは、警察を「信用していない」。暴力犯罪を通報しても、警察に守ってもらえるとは思っていない。通報したら逆に逮捕すると脅された女性も複数いる。

そして実際は、性労働者でなく客を取り締まるのは、結果として性労働者を地下へ追いやることになり、やはり本人の安全に悪影響を及ぼすことになる。

「女性たちは客を取りたい一心であちこちの見知らぬ場所に踏み込んだり、捕まりたくない客のせいで料金交渉の時間が短縮されたりして、あらゆる安全対策が損なわれる」とワトソン氏は言う。

「その結果として、恐ろしいことが起きてしまうのです」

ワトソン氏によると、大半の女性には子どもがおり、仕事をやめるわけにはいかない。

福祉手当と雇用の削減のせいで、売春に転じる人数は不景気以降、増えているとワトソン氏は言う。それは、以前セックスワーカーだった女性たちが売春業に戻っていることを意味する。

売春が犯罪扱いされるせいで、女性たちがほかの仕事を見つけるのに苦労するという側面もあると、同氏は付け加える。このため、たとえ本人が抜け出そうと思っても、実行は難しい。

最近の議会での提案が立法に至るかどうか、それは不明だ。動きがあるとしても、英国の政治がもっと落ち着くまで保留されることはほぼ確実だ。

アリスさんのように、売春の仕事を自分のために生かせる人も中にはいる。しかし多くの性労働者たちは、極めて親密な行為を商売にするという、その現実にもがき苦しんでいるのだ。

(英語記事 What is it like selling sex in London?

提供元:http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-36972059

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